韓国語学習支援サイト 

2009年 日録
*お問い合わせへの返事もここで行います。
2009.12.31(木)
 不思議なことに毎年大晦日がやって来る。今年もやって来た。
昨年の同じ日は寒さに震えて、文面では殊勝気に年越しの挨拶を述べたものだが、あまりの寒さに人を憎む黒い気持ちが湧き起こるのを押さえきれず、一人悩んでいたのであった。暖房器具が貧弱だったからである。
それが今年は穏やかな気持ちだ。暖房器具を買ったからである。じつに他愛ない。ここに、管理者の人格は暖房器具にかかっているという結論が導き出された。この結論に納得がいった管理者の来年の野望は「暖房器具をもう一つ買う」である。人格の向上が望めるはずだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 暖房器具はさておき、今年も一年、皆様のご声援はあまり届いてこなかったのですが、ご声援があるものと一人勝手に決め込んで、皆様のお手元に朝鮮語をお届けしてまいりました。
お届けしたというのは言葉のアヤでありまして、実際には皆様がコンピュータの電源を入れて、ブラウザをたちあげて、わざわざ弊サイトをご覧になったということであります。
そのお手間に価するだけのものをお目にかけることができたか、内心忸怩として、かつ穏やかな気持ちです。暖房器具のおかげだと思います。

 いささかかっこよすぎることを申し上げれば、弊サイトが皆様にとって暖房器具の役割を果たし、皆様の人格が向上なさることを願って止みません。暖かい朝鮮語、じつはこれが管理者の来年の、いえ、常日頃からの望みであります。
2009年も皆様のおかげで弊サイトは存続することができました。2010年もどうぞ弊サイトに手をかざし、お尻をあぶり、足を突っ込むなどして暖をとってくださいますれば望内の喜びです。夏場は冷房器具としてご利用ください。この場合は冷たい朝鮮語ということになるでしょう。

 あの語尾はどうですか、この語尾の説明をしてください、というご要望をいくつかいただいております。
忸怩とばかりしてはおれませんので、生来の爽やかさをひた隠しにしつつ、ご要望にお応えしてまいりたく思っております。
皆様の来年が今年よりも素晴らしい年になりますことをお祈り致します。
良いお年をお迎えください。
「初級までの朝鮮語・初級から先の朝鮮語」 管理者 白宣基 敬白



2009.12.13(日)
 『 현장 비평가가 뽑은 올해의 좋은 소설 』という本がある。「現場の批評家が選んだ今年の良い小説」くらいの意味である。
今年の、とあるので毎年出版されている。20ページから30ページくらいの短編小説が十数本収録されている。出版は 창작과 비평사(創作と批評社)。
実にストレートなタイトルである。どーんと「良い小説」だ。ものぐさな管理者が時折思いついたように行う「韓国の短編小説を読もう」というプログラムのネタ本のひとつとして重宝している。

 管理者は「良い小説」の定義を知らないので何とも言えないが、読む者が面白いと思えば、それがその人にとっての「良い小説」なのであろうと勝手に思っている。面白いと思わなくても、肯定的否定的を問わず何らかの影響を与えたりすれば、それもまた「良い小説」なのかもしれない。

 趣味は読書です、というのは要するに無趣味であることの代名詞なのだろうが、管理者の趣味は読書である。そのわりにたくさん読んでいるわけでもなく、読書家とはとても言えたものではない。
そのうえで無理して言うと、本当は無理に言わなくてもいいのだが、韓国の短篇小説はあまり面白くないのではないかと疑っている。
心の内面の動きがどうのこうの、社会状況を告発するという美名を掲げるためだけの状況設定、饒舌にすらなっていない単にくどい描写。
これらを書くのがいけないのではない。芸として面白くないのではないかと疑っているのだ。

 ここ数年、勤め先の講座で韓国の短篇小説をお題にして、朝鮮語の語彙・文法・表現などを解説するという、自分でやっておきながら身がすくむような僭越なプログラムを行っている。年に二回か三回くらいだ。
思い出すままに覚えている小説を挙げてみる。「 」はタイトルと、とりあえずの日本語訳、( )内は作者と発表年である。発表年はもしかしたら一、二年の前後があるかもしれない。

    「 소나기  (にわか雨)」(황순원, 1952)
    「 밤길  (夜道)」(윤정모, 1986)
    「 책을 먹는 남자  (本を食う男)」(윤형진, 1998)
    「 청대문집 개  (青い門の家の犬)」(이범선, 1959)
    「 선글라스를 벗으세요  (サングラスを外してください)」(김연정, 2002)
    「 무용지물 박물관  (無用之物博物館)」(김중혁, 2004)
    「 자동 피아노  (自動ピアノ)」(김중혁, 2005)
    「 거저나 마찬가지  (ただも同然)」(박완서, 2005)
    「 모두에게 복된 새해  (みんなにとって幸福な新年)」(김연수, 2007, 1986)
    「 원미동 시인  (遠美洞の詩人)」(양귀자, 1986)

 受講なさった方々にはもうしわけないが、管理者が気に入って、そのぶん気合いの入った授業になった短篇もあれば、そうでもなく半ば義務的に扱ってしまった作品もある。上記以外にももっとあったと思うが失念した。すぐ忘れてしまうのだ。そういえばエッセイを扱った時もあった。

 どの作品がどうこうと言及する立場にもなく、それだけの力もないが、管理者の好みとしては、嘘八百を上手に語ってみせるタイプの作品が好きなようだ。
人生の深淵をこれでもかと、えぐるように、あおるように、ほら、すごいでしょ、というようなのはどうも苦手である。
深淵も喜びも悲しみも、生きている事実として日々直面している。それをことさらに色と味をつけるだけのことしかしないのでは、人前にお出しする芸としては好みではない。好みではないが打ちのめされることもある。作品にではなく、突きつけられた事実に打ちのめされるのだ。こうなると、わざわざ小説を読む必要はない。あれ?

 ストーリーで読ませるか、語彙や言い回しの多彩さで引っ張るか、はたまた、変な雰囲気を醸し出して読む側を引きつけるか。
見た目の形がどうであれ、直球勝負のふりをして、実は何も言っていないような作品より、何だかわからない、もしかしたら書いた本人すらよくわからないかもしれない、おかしな状況を単に述べるだけのような作品のほうが、誤読も曲解も思いこみも含めて、読む側としては楽しめるのではないかと思う。

 管理者が授業で扱うのがすべて「良い小説」ではない。韓国の短篇であれ長編の小説がすべて面白いわけでもなく、面白くないわけでもない。
それぞれなりの読み方で読んで、それぞれなりに面白ければいいのだが、それが朝鮮語の小説というのが問題である。なにしろ、手探りしながら語彙や文法の解説をしなければいけないからだ。
その意味で、これまで授業で扱った小説は管理者にとっては「良い小説」ばかりであった。

 ここまで書いてきてお知らせするのも我ながら良い度胸だと思うが、年明けの2010年1月に、またしても「韓国の短篇小説を読もう」というプログラムを予定している。よろしかったら一緒に読んで、朝鮮語にはまりこんでみましょう。好きなんですよ、結局。ええ。
今回は「 그리고 소문은 단련된다  (そして噂は鍛えられる)」(백가흠,2008)。ある事件についての噂が噂を呼んで... という(以下略)。
詳しくは管理者の職場の一つである 韓国YMCA韓国語講座 のホームページにてどうぞ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 仕事柄、朝鮮語でメールのやりとりをすることがある。授業で使うプリントにも朝鮮語は当然入れねばならないので、ハングル文字を入力する機会はけっこう多い。
多いくせに、このごろとみに噴飯物の入力ミスが増えてきた。管理者はしっかりしないといけないのではないか。
先日など、メールの末尾に心をこめて 감시합나다.(監視します)と書いてしまった。送信後に気付いたのである。감사 [ 感謝 ] ではなく、감시 [ 監視 ] ですか。どうすんだよ、監視して。最近いちばん虚ろな笑いを誘った入力ミスだ。それもこれも、母音字 ㅏ が  K  、母音字 ㅣ が  L  に割り当たっているからだ。キーが隣同士にあるからいけないのだと、そう思うことにしている。これ、けっこうみんなやるミスなのではないか。そんなミスはしない? そうですか。



2009.12.06(日)
 さて、前回紹介しようとして思いとどまった「漢字語あれこれ」。
いろいろ折衝した結果、今回は見送りということにあいなった。残念。
春の便りが聞こえてきて、桜が咲いて葉桜になって、もう初夏かしら、という時期には遅ればせながら芽が出そうな気もするので待ってみることとしたい。
冬来たりなば遠からじ、と申すゆえに。겨울이 오면 봄이 어찌 멀다 할 수 있으랴? (むちゃくちゃいろんな朝鮮語訳がある)

 お蔵入り(ではないことを願うが)記念にもう一つだけ紹介して春の到来を待ちたい。
その前に管理者が忘れなければいいのだが。


【飲料水】 ① 水道水.:수돗물[水道-]
수돗물은 과학적인 정수처리공정과 엄격한 수질검사를 거쳐 공급되고 있다.
水道水は科学的な浄水処理工程と厳格な水質管理を経て供給されている.
② ミネラルウォーター.:생수[生水]
생수는 수돗물의 대체품으로 나온 제품입니다.
ミネラルウォーターは水道水の代替品として登場してきた製品です.
参考
■ 음료수[飲料水]は「アルコール以外のソフトドリンク一般」を指す.
음료수 메뉴-카푸치노 5000원, 아이스커피 6000원, 아이스티 6000원, 코코아 5000원, 오렌지주스 4000원…
お飲み物(ソフトドリンク)メニュー-カプチーノ 5000ウォン,アイスコーヒー 6000ウォン,アイスティー 6000ウォン,ココア 5000ウォン,オレンジジュース 4000ウォン…


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 かわりに童謡をおひとつ。
韓国の幼稚園などで振り付きで歌うもの。タイトルはたぶん「 텔레비전 」だと思う。
有名さでは「 고향의 봄 (故郷の春)」にまったくひけをとらない。

 텔레비전에 내가 나왔으면 정말 좋겠네 정말 좋겠네
 춤추고 노래하는 예쁜 내 얼굴
 텔레비전에 내가 나왔으면 정말 좋겠네 정말 좋겠네
(テレビにわたしが出てきたら ほんとに ほんとに いいだろな
 踊りを踊って 歌を歌う かわいい かわいい わたしの顔
 テレビにわたしが出てきたら ほんとに ほんとに いいだろな)

 参考までに楽譜も紹介。
풀잎 동요마을 (草の葉童謡村)というサイトにてご覧になれます。
TOP から 노래 찾기 でお探しください。

 この類の歌にありがちなことで、歌詞に若干の異同があるかのように聞き及んでいる。どうかそっとしてあげてほしい。
本来なら管理者が歌わせていただくところだ。もちろん振りも付けてである。これまた残念ながらそうもいかないのが愉快至極。
誰ぞお知り合いに韓国の方がいらっしゃったら、是非にとせがんでみるといいと思う。きっといやがるはずだ。ま、そこをなんとか。


2009.11.25(水)
 日本語も朝鮮語も、その語彙のかなりの割合を漢字語が占める。60%は下るまいと思う。
当然、日本語と朝鮮語で共通した漢字語も多くある。やたらあると言ってもいい。

 その中で、あら、ちょっと使い方が違ってるのね、日本語のほうが意味が広いわ、こっちのは朝鮮語のほうが幅広く使われるのね、まあ、そうかと思ったら、意味が全然違うじゃない、同じ漢字の組み合わせなのに、なんていう漢字語もけっこうある。

 「発声」なんていう漢字語はどうだろう。文字通り「声を発する」ことだ。朝鮮語では、と言うよりハングル文字で表記するなら 발성 。声を出すことという意味では日本語も朝鮮語もそこは同じである。
ただし、日本語での「発声」と、朝鮮語での「 발성 」は、同じ漢字語ではあっても、その守備範囲が違う。
日本語では「では、だれそれ様に乾杯のご発声をお願い致します」なんていうふうに使うこともあるが、朝鮮語の 발성 はこういうときには使わない。朝鮮語では単に「声を出すこと」という意味だけであり、乾杯などの音頭は 선창 [ 先唱 ] という別の語がある。へええ、そうなんだ。いいこと聞いた。

 「発声 − 발성 」は、日本語のほうが使われ方が広い例だが、その逆もあるし、同じ漢字で表記しながらまったく違う意味で使われる漢字語だってある。いろいろあるのだ。管理者の私生活のようである。

 というのを200語くらい集めて(漢字の組み合わせとしては同じでも、意味にズレがあったり、使われ方に違いがある語、意味は同じでもまったく違う漢字語をひっくるめるとそれくらい、という調査があるのだそうだ)、日本語での意味に対応する朝鮮語の対訳語と例文をつけて、おまけに参考欄までくっつけるという作業のお手伝いをさせてもらった。つい一ヶ月ほどまえのことである。
そして管理者はどうしてもこのサイトで紹介したい欲望をこらえきれず、ワードプロセッサで作ったファイルをネットで見られるように現在鋭意加工中である。きちんと了解を得ないといけないのだが、一例だけサンプルを示してみる。


【実家】 ① 生まれ育った家.生家.:생가[生家]
50년 전에 홍수로 떠내려간 생가는 지금 복원되어 있다.
五十年前に洪水で流された実家は現在復元されている.
② 生まれ故郷.田舎.:고향[故郷], 고향집[故郷−]
오랜만에 고향집에 다녀왔다.
久しぶりに実家に行って来た.
③ 既婚者の結婚前の家.:친정[親庭]
앞집 며느리는 부부가 싸우고는 그길로 친정에 가서 한달이나 안 온다고 한다.
向かいの家の嫁は夫婦げんかをしてその足で実家に帰って,もうひと月も戻ってこないそうだ.
参考
■ 실가[実家]という語は無い.


 丸数字が日本語の意味と対応する朝鮮語。それに例文を付してある。例文は辞典やインターネットから拾ってあり、日本語訳は管理者がつけたものもある。
参考 には、その語が朝鮮語として存在するのかしないのか、存在するなら一般的に使うのかどうか、あるいは他の語があるのか、必要ならば文化背景なども含めて個別に示してある。

 こういうのが延々200語。管理者は気が遠くなってきた。
朝鮮語をちょっとやっていると、ああ、そういえばそうね、言われてみればたしかに、という、そんな語が多いのも事実であるが、きっと皆さんのお役に立つと思うのだ。何しろ、韓日辞典、日韓辞典、韓国の国語辞典、日本の国語辞典、果てはインターネットなど、あれこれ引きまくり探しまくりしつつ、齟齬なり不備なり間違いなりをどうにかこうにか整理してあるリストである。「日本語から朝鮮語へ」という、例えば作文するなんてときに最適のはずなのだが。
ここはひとつ、弊サイトへの掲載に関して作成責任者に許しを請うてみたい。もし何か差し障りがあって駄目だったらこのままお蔵入りである。どうなることやらわかりませんが。掲載できるといいですね。


2009.11.23(月)
 お知らせを一つ。
11月25日(水)・11月26日(木)・11月27日(金)の三日間、 在日本韓国YMCA で「 하늘과 바람과 별과 詩 / 空と風と星と詩」という演劇が上演されます。韓国から劇団がやってきて朝鮮語での上演。日本語字幕付きです。
タイトルを見て何のお話かわかった人は通ですね。朝鮮の夭折した詩人、尹東柱 윤동주 ( 1917-1945 ) の生涯を描いたちょっとシリアスな劇です。
中味についてはご覧になってのお楽しみ。まずは朝鮮語の舞台を観るだけでも面白いのでは。おまけに入場無料です。入場整理券が必要です。
11月29日(日)には同内容で立教大学でも上演されます。こちらは入場整理券は必要ありません。
詳しくは上記団体の HP をご参照ください。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 秋かと思っていたらいつの間にか冬が来ているのがわかったのは、先日、朝起きたら家の中のくせに息が白かったからだ。
ははあ、冬であるなあと思って電気ストーブを押入れから取り出して点けてみる。
……暖かくない。十年物だし、なにしろ小っちゃいのだ。
これは何とかせねばと、そういえば去年も思ったのを思い出した。虚ろな笑いが漏れるくらいに寒かったもんなあ。
そこで本日、天気も良いし暖かい一日なので暖房器具を買いに行った。左の写真がそれである。

 このサイトは朝鮮語のサイトなので、朝鮮語に関係の無いことは書かないことになっている。
さて、朝鮮語にからめて、この暖房器具で何を語れと言うのか。
取扱説明書を見てみた。
カーボンヒーター。カーボン、つまり何だ。遠赤外線ということか。
では朝鮮語では何と言うのかと思えば、まことに面白くないのだが 카본 히터, 원적외선 だ。
よく考えたら暖房器具が面白い必要は無いのであり、暖かければいいのであった。

 넘어지거나 기울면 전원이 차단됩니다. (倒れたり傾くと電源が切れます)

 これも大事ですね。
불조심 플루 조심. (火の用心 インフル用心)
どうぞ皆様も暖かい冬をお過ごしください。



2009.09.09(水)
 朝鮮語関連の質問と回答です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 「 1. 私は囲碁が趣味で、数日前から朝鮮語の囲碁用語を調べております。その中で“돌가리기”という単語があったのですが(意味は対局者のどちらが黒(白)を持つかを決める手続きで、サッカーなどにおけるコイントスのようなものです。日本語では“ニギリ”と言います)、これはどう発音すればいいのでしょうか?
一般的なルールに則れば“돌”も“가리다”も固有語なので、[ tolgarigi ] あるいは [ toːlgarigi ] と読むのかなと思ったのですが、辞書を調べると“돌가리기”は載っておらず、
・ 돌가루 [ tolʔkaru −까− ]
・ 돌구멍 [ toːlʔkumɔŋ −꾸− ]
・ 돌감 [ tolgaːm ]
・ 돌공이 [ toːlgoŋi ]
などと、同じ“돌”+固有語であっても
・ 돌の母音が長い/短い
・ ㄱが濁音化/濃音化
は様々で、自信が持てなくなってしまいました。

2. 1.とも関連すると思うのですが、『暮らしの単語集 韓国語』(ナツメ社)という本の p.379 に‘固有語であっても2つの単語が結合して出来る合成語においては、後ろの単語の頭音が平音であるときに濃音化する場合がある。どういうときに濃音化するかは結合する単語によって決まっている’とあります。この‘濃音化する単語’はどのようなものか、何かルールのようなものがあれば教えていただけないでしょうか。(あるいは一つ一つ覚えるしかないのでしょうか。ちなみに上記本にはそのような単語の例として“가”や“밥”が挙げられています。自分の経験からは“길”も該当するかなと思うのですが)

3. やはり『暮らしの単語集 韓国語』 p.378 に“子音語幹の用言における濃音化”という項目があります。その解説を読んで思ったのですが、語幹末の終声が“ㅇ(イウン)”である用言は存在するのでしょうか?」様、ご質問ありがとうございます。微妙な感じですが、何とかお答えしてみます。

  1.  돌가루(器具で石を加工する時などに出る石の粉)、돌구멍(石に空いた穴)、돌감(野生の柿、豆柿)、돌공이(石で作った杵)。辞書にはなるほど記載されております。돌 の読み方もおっしゃるとおり、돌가루 と 돌구멍 と 돌공이 は長母音、돌감 は短母音となっているようです。
    まず、長いのか短いのかから。同じ 돌 でも二つあります。
       ・ 돌 [ toːl ] “石、または石に関するもの”は長母音
       ・ 돌 [ tol ] “品質が劣っていたり、野生のものである”という意味の接頭辞は短母音
    いかがでしょうか。するとお挙げになったもののうち 돌가루 [ tolʔkaru ] が例外のようですが、これも実際は長母音 [ toːlʔkaru ] となります。どの辞書をご参照なさっているかわかりませんが、小学館の『朝鮮語辞典』では短母音として載っているようです(最新版の確認はしていません)。ここで決めつけるのは何とも微妙なところですが、とりあえず辞書の間違いではないかとのみ指摘したいと思います。
    と言うことで、囲碁のニギリは、やはり [ toːlgarigi ] で良さそうです。
    お次は‘濁音化/濃音化’ですね。どうして ㄱ が [ g ] になったり [ ʔk ] なったりするのか、たしかに判然としません。何か基準があってくれたらいいのになあと誰しもが思うところです。これは次の 2 でお答えいたします。

  2.  何を以て合成語とするのかは実は堂々巡りにも似た闇に踏み迷いかねませんので、ここでは仮に、複数の独立した名詞が一語として使われるものを仮に合成語と呼ぶことにしてみます。
    朝鮮語の合成語の印として顕著なのは、、
        ・ 後続語が 이 / 야 / 유 / 예 / 요 / 여 で始まる場合、初声に[ n ] が入る。
        ・ 後続語が ㄱ / ㄷ / ㅂ / ㅈ / ㅅ で始まる場合、濃音で発音される。
    の二つがあります。詳しくは  発音の特効薬 「リエゾン1(合成語や文節の間のへ [ ㄴ ] の挿入)」 発音の特効薬 「合成語における平音の濃音化と 사이 시옷」 をご参照ください。
     疑問に思っていらっしゃのるは濃音化についてかと思いますが、実は、冒頭でも申し上げたとおり、何を以て合成語とするかの判断に決め手は無いのではないかと管理者は疑っています。朝鮮語母語話者が合成語の中の後続語を濃音で発音しているならば(あるいは [ n ] を入れて発音しているならば)、それはその朝鮮語母語話者が合成語と思っているからだ、としか言えないような気がしております。
    例えば、フンフンフフフンと鼻で歌う「鼻歌」、鼻がぐずぐずする「鼻風邪」、それぞれ 콧노래 [khonnorɛ ] 、코감기 [khogamgi]、前者は合成語、後者は一語ではあるかもしれないにしても単に並んでいるだけです。日本語を振り返ってみても、鼻風邪[ はなかぜ ] 、鼻声[ はなごえ ] 、湯飲み茶碗 [ ゆのみちゃわん / ゆのみぢゃわん ]など、連濁現象が起きたり起きなかったりして、合成語か否かは、恣意的が言い過ぎなら習慣的なものが多いような気もします。
    では、合成語における後続語によって、濃音化する語としない語があるのかということになると、これもはっきりしません。漢字語は濃音化して、固有語は濃音化する、などのような第一感はありますが、はっきりしたことは言えないと思います。(語の中で濃音で発音される一部の漢字については  発音の特効薬 「漢字語の語中の平音と ㅅ の濃音化2」 をご参照ください。)
    ご提示の“길”はたしかに合成語内部の後続語として濃音化することが多いようにも思いますが、밥 の場合は “초밥 寿司 [ 醋− / tʃhobap ] ” のように濃音化しない例もあり、一概に言えません。換言すればこの 초밥 は合成語ではないとも言えます。
     いずれにせよ、概ね濃音化するのではないかというぼんやりした線引きはあろうかと思いますので、ご参照の参考書などで覚えるのも一法かと存じます。

  3.  子音語幹用言で語幹末の子音が ㅇ ( 이응 )のものは存在しないと思います。インターネット上へのインフォーマルな書き込みなどの、故意に正書法をくずして表記するなどの場合はこの限りではありませんが、まず存在しないと思って構いません。


 以上、ご質問への回答とさせていただきます。まとまりのない回答になりましたこと、お詫び申し上げます。
またのご質問をお待ちしております。楽しく朝鮮語と囲碁にお触れください。ありがとうございました。
管理者 拝上


2009.08.16(日)
 そういえば「奥」、  한글 de 漢字 にあったかな。...無いな。
ということで追加しました。読みは 오 (長母音)です。あんまり使わないような気もしますが、先日問い合わせがあったので入れておくことにしました。せっかくなので漢字音検索してみてください。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 弊サイトの TOPページ下段右にある小さな日本地図、いったいなんだろな。なんだろなも何もないわけで、いわゆるアクセス解析ツールというものである。ツールの名前は「なかのひと」だ。
説明によると、“どこの組織の「なかのひと」か、を調べるマーケティングツール”とのこと。マーケティングって何だろう。
“通常のアクセス解析ツールとの違いは、「どんな組織からアクセスがあったか」に特化したサービスという点です。一般の大手プロバイダーからのアクセスは集計せず、企業や政府機関、学校など法人に特化して調査します。”
おお、これは面白そうだ。と思って始めたのが、三ヶ月か四ヶ月前。本来ならすべてのページに指定のタグを埋め込むところだが、管理者がそんなことをするわけがない。面倒なので TOPページだけにしてみた。
さて、そのアクセス結果をここで発表してみたい。いや、待て待て。アクセスした人の特定はできるのか。できるんだったら迷惑をかけてしまわないとも限らない。
Q. サイトの閲覧者のプライバシー情報は保護されるのでしょうか
A. 当サイトの解析システムは、あくまでも、ドメインやクッキーのみを解析しており、個人名・個人の住所・個人の電話番号など、個人を特定するための情報を取得・蓄積することはありません。ご安心ください。
 大丈夫そうだ。仕事中に弊サイトをご覧になっていらっしゃる皆さん。今後ともよろしくお願いします。仕事中に朝鮮語関連のサイトを見る、これだって立派な仕事なのよと言い切れる社会になってほしいものだ。そういう職種もあるらしいが。え? 昼休みに見てる? そうでしたか。
  • 豊田通商 ・ 農林中央金庫 ・ 酪農学園大学 ・ 東京大学 ・ 西日本新聞社 ・ 広島大学 ・ 大林組 ・ 西村ときわ法律事務所 ・ 東京証券取引所 ・ 兵庫教育大学 ・ KDDI ・ 藤和不動産 ・ 一村産業 ・ ソフトバンク ・ 日本サムスン ・ 大日本印刷 ・ 城西大学 ・ 女子栄養大学 ・ 日立製作所 ・ 鹿屋体育大学 ・ ハル研究所 ・ 一宮グループ ・ 実践女子学園 ・ 東レ ・ panasonic.com ・ 関西外国語大学 ・ 日本たばこ産業 ・ 東芝 ・ 宮城ドメイン ・ 国立富山大学 ・ 外務省 ・ マルハ ・ 厚生労働省 ・ 福岡ドメイン ・ 壱番屋 ・ 中部大学 ・ 京都府立大学 ・ 逗子開成学園 ・ 関西大学 ・ 間組 ・ 日立造船 ・ サンケン電気 ・ 関西学院大学 ・ 日経リサーチ ・ 九州工業大学 ・ 大阪ドメイン ・ 東京聖徳学園 ・ ヤフー ・ 神奈川工科大学 ・ コルグ ・ 伊藤忠アビエーション ・ 川崎重工業 ・ 東栄管機 ・ 国立病院機構 ・ 九州大学 ・ ソニー ・ 高島屋 ・ 伊藤忠テクノソリューションズ ・ 日興システムソリューションズ ・ 防衛省 / 自衛隊 ・ 三菱倉庫 ・ ジャパンエナジー ・ 日本IBM ・ 富士通 ・ 日比谷総合設備 ・ さくらコマース ・ リクルート ・ 国土交通省 ・ 横浜ドメイン ・ 日本ヒューレット・パッカード ・ エヌ・ティ・ティ ネオメイト ・ トヨタ自動車 ・ 富士通 ・ 防衛大学校 ・ 恵泉女学園大学 ・ 兵庫ドメイン ・ 小学館 ・ 東京学芸大学   (以上直近アクセス順)
 発表したのでこのツールは弊サイトから取り外すことにする。弊サイト本来の目的には合致しないからである。かっこいいことを言っているようだがほんとうは飽きたからだ。飽きっぽいところと、むらっ気があるのを何とかしろと小学生の頃に言われていたのを思い出す。これからも頑張りたい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 管理者の職場の一つである 韓国YMCA韓国語講座 ではこの夏、たくさんの特別プログラムを実施している。管理者も「韓国の短編小説を読もう」というハードなプログラムを担当させられている。
今年は 양귀자 の「 원미동 시인 」(遠美洞の詩人)だ。1986年8月、『 한국문학 』(韓国文学)初出。
受講なさる方々と同じくらいの分量、管理者も辞書を引いて、人に聞いて、授業に臨む。なぜかと言えば、いくら頭をひねっても知らないものは知らないからだ。それでは授業にならない。だから調べて、のめり込んで、感情移入をする。感情移入しながら授業の組み立てを考えて、シミュレーションを頭の中で行う。

 頭をひねっていると、あ、そうか、と、わかることもある。わかるためにはそもそもの素材を知らないと、ひらめきようも、わかりようもない。そのためには辞書を引くしかない。授業への参加もさることながら、この下調べの段階がじつは最も大きな部分だ。どの部分を知っていて、どの部分を知らなかったか。わかるのはどこで、わからないのはどこか。その区別ができさえすれば、あとは一本道だ。ずいぶん長く幅も広い多難な一本道だ。下調べも含めて、楽しいことこの上ない。

 この「 원미동 시인 」は「 원미동 사람들 」(遠美洞の人々)という連作小説の中の一編である。連作中いちばん短いものでもあるし、いちばんよく読まれたものでもあるようだし、とっつきやすそうだったので、これにしてみた。
しかし、とっつきやすいかどうかは、ほんとうは微妙なところだ。ひねくった言い回しが多いからである。しかし、それはなんとかなる。なんともならないのが、おそらく方言( 싸투리 )部分ではないか。

 この 원미동 というのは경기도 부천시 (ソウル近郊、京畿道富川市)に実在する町である。著者の 양귀자 も実際に移り住んだ(今も住んでいるのかは寡聞にして知らない。どうも他所へ引っ越したようだ)。著者のあとがきによれば「(前略)彼らは全羅道から、慶尚道から、忠清道から、江原道から、それこそ全国各地から流れ着いた人々である。(後略)」というだけあって、随所に方言が出てくる。これはなかなか大変だ。

 ひるがえってみると、日本に生まれ育ち、日本に住み続けている日本語話者ならば、自分ではうまく真似できずとも、ある地域の言葉を聞けば、どこそこの言葉だなと類推がきいたりするだろう。“ばってん”と言えば九州(のどこかは知らない)、“〜どっせ”ならばたぶん京都あたり、“したっけ”ならば仙台近辺、“なまら”は札幌あたり、というくらいには。では、これはどうか。“なにしったなだ、ちゃっちゃとけえはあ”。わからない。わからないが、“何をしてるの。さっさと食べなさい”という意味だと言われれば、わからないなりになんとなく納得できなくもないような気もする。ただし、「文法的」にどう説明ができるのかはわからない。初めから「文法」があったわけではなく、文法は、あれこれ調べてまとめた作成途中の地図みたいなものだからだ。地図にない町ってのも世間にはあるのだ。

 日本もそうだが韓国は引っ越しの多い国である。そしてまた、ソウルに一極集中する度合いは日本の比ではない。そうなると、いろいろな地域の言葉がひとつの町に混在する、なんていう現象があたりまえのことになっている場合もある。共通語(朝鮮語では標準語 표준어 と呼ぶ)の学校での教育、テレビの普及、たしかに公式的な場において何を言っているのか聞き取れないというほどの甚だしい違いは少なくはなっているだろう。
だろうが、しかし、その言葉の中で育ち、経てきた体験の全部をひっくるめた人間が外に表す言葉は、学校で教わろうが、テレビに慣れ親しもうが、消えるものではない。肉体としての人間、それを取り巻く環境、互いが互いに絡まり合ったものが社会という生き物である以上、個人差はあっても方言が消えるはずはない。

 外国語として触れる朝鮮語の解説書や教科書で、方言についての記述があるものはほとんどない。外国語として学習する対象としての方言は優先順位が低いからだ。それでも現実には 원미동 に限らず、それぞれの来歴を背負った人間が、生まれ育った言葉でコミュニケーションしている以上、せっかくだもの、ちょっとはアプローチしてみたいじゃありませんか。ということで、下調べなさる受講生の皆様、そして朝鮮語を愛し学ばれる皆様、楽しく頑張ってくださいね。まずは、こういう言い方もあるのね、というところから。管理者もそこはまったく同じです。

 せっかくだから「 원미동 시인 」から一例のみ挙げてみる。
고흥댁 아주머니 (高興のおばさん)という人が出てくる。高興は全羅南道の南のどんづまりの半島にある、まあ田舎である。そこから嫁いできたおばさんということで [ 高興宅 ] と言う。
このおばさんには容貌がちょっとアレな年頃の娘が一人いて、その娘についてのおばさんの親バカ論評の一節。

      그래도 가 보는 눈이 높아서 엥간한 남자는 말도 못 꺼내게 하요잉.
     (そんだって、あの子は目が高いからそこそこの男は話にもならないですよ)

 カッコ内は若干意訳してある。
갸 = 걔( 그 애 ← 그 아이)、これで「(井戸端会議をしているその場にいない、自分の娘である)あの子」。
엥간한 = 어지간한( 어지간하다 まずまずだ、そこそこだ の連体形 )。
하요잉. の -요잉. は、どうしたものだろうか。全羅道方言とひとくちに言っても管理者の手は紅葉のように可愛らしく小さいので手に余る。とにかく全羅道でよく使う終止形語尾である。これでいちおう丁寧さは保たれていることになっているのだ。この語尾が、Ⅰか、Ⅱか、はたまたⅢか、どの語基につくのかわからない。第Ⅳ語基かもしれない。
皆様と管理者の検討と健闘を祈りたい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ビール券ありがとうございます。大事に使います。잘 마시겠습니다.



2009.08.10(月)
 「“オミョン”という言葉ですが(スペルはわかりません)、知り合いの韓国人の子によると、漢字は“奥妙”となり、意味は若い子の使う“ビミョウ〜”に近い、とのこと。これはあるラジオ番組で、若い歌手に初キスのことをたずねた時に、“すごく年上のヌナにリードされた”と言った後気分はどうだった?との問いに“オミョン・・・”と答えたものなんです。辞書で適当にスペルを探し、引くと“不名誉、汚名”と出たのでこちらかと思っていたのですが違うようです。この“奥妙”とはやはり”嬉しいというよりはそうではないほうが強い、みたいな“微妙な感覚”なのですか?もしもお時間が許しお分かりになる範囲でお答えいただければ幸いです」様、ご質問ありがとうございます。
管理者が何でも知っていると思ったら大間違いですが、“お分かりになる範囲”ということなので頑張ってみました。
  •  カタカナ読みで「オミョン」に該当するハングルでの綴りは単純に考えると、1) 오명 / 2) 오면 / 3) 어명 / 4) 어면 が考えられます。辞書には載っていたり載っていなかったりなかったりです。ここはひとつ勉強と思ってお調べになられると、いや、もうお調べになられたのですね。失礼いたしました。
    お調べになった 「オミョン」は 오명 [ 汚名 ] ですね。ご質問にある若い歌手さんのファーストキスがまさか汚名とも思えませんし(そうなのかも知れませんが)、お知り合いの韓国の方がおっしゃった [ 奥妙 ] という漢字が合っているとすると、これはやはり “オミョン”ではなく“オミョ” 오묘 [ 奥妙 ]( 오 は長母音)のようです。
    物事の真理、本質、出来具合、天なり神なりの配剤、摂理が奥深くて優れていること、ぐらいの意味なのですが、受け狙いか何か、ひねった言い回しとして、ご質問にあるとおり“ビミョウ〜”という意味合いで“ 오묘 ”と使っているのではないかと愚考いたします。
    “すごく年上のヌナにリードされた”ファーストキスが奥深く優れていたのではなく、ご質問のとおり“ビミョウ〜”だったのでしょう、その若い歌手さんにしてみれば。本当に奥深く優れたリードによるファーストキスだった可能性も考慮すべきかもしれませんが、それは管理者の関知するところではありません。ちなみにファーストキスは 첫키스 が一般的です。
    またのご質問をお待ちしております。ありがとうございました。


2009.08.09(日)
 弊サイトでは  発音の特効薬 としてハングルの読み方について取り上げている。
コンテンツをご覧いただければおわかりになるように、厳密な意味での発音ではなく、あくまでもハングルという文字記号が持っている音価と、ハングルという文字記号の読み方についての説明である。このハングルはこういう発音記号に該当しますよ、こういう組み合わせでハングルが書いてあったらこういうふうに読み替えるんですよという、いわば音楽に喩えれば「音としての楽曲」に対して「その楽曲を音符なりその他の記号で表した楽譜の読み方、楽典」に当たるだろうか。
音楽に造詣が深くないことでは人後に落ちない管理者の言うことであるから気をつけてほしいのだが、楽譜なんか読めなくたって、音波という物理現象の形をとった素晴らしい音楽はあり得よう。まず音ありき、であって、文字という記号は後から作り出したに決まっている。この記号はこういうふうに読みましょうね、そう決めただけのことに過ぎない。表意文字であれ表音文字であれ、そこは同じだ。

 ハングルが作られたのは 1443年ということになっている。それまで朝鮮語を表記するためのオリジナルの文字記号が存在しなかったため世宗(せそう 세종 セジョン)が陣頭指揮を執って作らせたということだが、背景には当時の朝鮮における漢字の読み方の混乱を正し、そのためには漢字音を表記するに足る記号が必要だったという事情があったとのことだ。
韓国の役所が作ったハングル宣伝用の DVD のワンシーンにこんなのがあった。
世宗が臣下に漢字を一字示して、お前はこれを何と読むか、と尋ねる。すると人によって答えが違う(今手元にその DVD が無いのでまた日を改めて紹介したい)。ともあれこれを聞いた世宗、こりゃいかんな、漢字の読み方が乱れとるわ、どうにかせんといかん、と考えてハングルを作らせたという。
民草のための文字を作ったというのも嘘ではなかろうが、朝鮮における漢字音を整理するというのが本当の目的だったということらしい。単音節である漢字音を、子音字と母音字を使ってひとマスで書き表せるように立体的に設計されたのも納得できる。

 こういった経緯でできあがったハングルであるので、いわゆる発音記号(国際音声表記:International Phonetic Alphabet ・ IPA )的な性格を持っている。よく作ったものである。
漢字音のみならず朝鮮語の固有語もこの記号で書き表すようになり、実に多くの試行錯誤を経て(今も試行錯誤中とも言える。今後もそうだろう)現在大韓民国では正書法( 맞춤법 )として標準化されている。

 ハングルという文字体系はじつによく練られたものだが、現行の正書法では「読むとおりに書かない」ことをその主旨としていると言って良いように思う。
例えば、何でもいいのだが、못 잊어요. (忘れられません)などはどうだろうか。
終声の子音字の直後に母音がある時は、子音字をその母音にくっつけるんだわ、だから [ 모시저요 モシジョヨ ] でしょ?
そうなれば話は簡単だが、ご存じの通りこれは [ 몬니저요 モンニジョヨ ] と読むことになっている。
理由は無いのであって、朝鮮語母語話者がモンニジョヨと発声しているものをハングルという記号では 못 잊어요. と表記しようという決め事であるに過ぎないのだ。
まさに「読むとおりに書かない」ないしは「書いてあるとおりに読まない」のである。

 못 [ mot ] は、不可能やある水準に満たないことを表す副詞である。
忘れるという意味の動詞 잊다 [ ita ] に狭義のリエゾンが生じて [ nita ] となった影響を受けて、못 → [ 몬 ] のように鼻音化が起こっていることまでを表記に反映させると、「 못 」というビジュアルが喚起する「不可能・ある水準に満たない」というイメージが湧かなくなるのを恐れてか、敢えて読みの変化を綴りに反映させていない。잊어요 を 이저요 と表記しないことにしたのだって、そうだ。
 苦肉の策と見るか、折衷と見るかは意見の分かれるところだろう。形態素的要素を残した音標文字、と評する人もいる。なるほど。
音波を完全に再現できる文字記号など、考えてみたらあるわけがない。

 つまるところ、ハングル文字の「読み方(読み替えの決まり)」を覚えないことには、にっちもさっちもいかないことになる。
音だけで、あまつさえその国にいない状態でその国の言葉を覚えるのは至難の業であるから、発音のガイドラインとしての読み方を表す文字を覚えるのが王道とは言わないが近道とは言えそうだ。順番は問わず、「読む・書く・聞く・話す」の四つ、この全てに文字が関わっている。

発音と通じやすさの関係の一例
 さて、左の図をご覧あれ。管理者が適当に(適切かつテキトー)作成した模式図である。模式図なので正確ではないが、意を汲み取ってくださればありがたい。
ここまで管理者は「読み、読み方」とは言っても「発音」とは言っていない。
「読み、読み方」を、その文字の読み方、組み合わせるとこのように読み替えるという決まり、ルールという意味で管理者は使っている。
「発音」は、その文字を発声して出る音そのもの、である。おのずと意味が違う。
左の図は「発音が良い、悪い」と「通じるか、通じないか」の相関関係を大雑把(もいいところだが)に斬ってみたものである。グレーの線は学習によって伸びる方向と経路を表している。

 ここで問題になるのが「発音が良い、悪い」とは、いったい何を基準にしているのか、であろう。
滑舌(はきはきしているか、音の区切りが明瞭か)のことなのか、音価(濃音なり激音、鼻音なり)のことか、イントネーション(あるいはアクセント)か、はたまたスピードが適切なことなのか。
これらは計器で測定できる。サンプル数を多くとれば平均値も割り出せるだろうと思う。図の第1象限が「発音が良くて、通じる」である。これがいちばんの理想なのだろうが、誤解も落とし穴もここにある。

 音声によるコミュニケーションの第一義は、発音の良し悪し(声が素敵、だみ声であるなどの個人の受け止め方も含む)ではない。相手に通じるかどうか、これが大事である。
「発音が悪いから通じない」という悩みをお持ちの方もいらっしゃるだろう。しかし現実には、モゴモゴ喋っていて、それでも言ってることはちゃんとわかってもらえる人も存在するのだ。
逆に「発音はいいのに通じない、聞き取ってもらえない」という人もいる。これは、通じないと言うより不自然に聞こえるから「聞き取られにくい、理解されにくい」ということだろう。ものすごい棒読みだったり、機械による合成音のようにひとつひとつの音節は合っているのに全体としては聞き取りにくいということも、当然あり得る。日本語のようにイントネーションで意味が変わってしまうことは原則として朝鮮語にはないが、それでも朝鮮語なりの上がり下がりはあるので、これがビミョー、という場合もあろう。

 ひとくちに「発音」と言っても、多くの要素が絡まり合っている。絡まり合った複合体としての音声が「ナニナニ語っぽい」範囲に入っていれば通じるし、その範囲は明確な線引きで表せるものではないし、そのボンヤリした範囲の中にあれば、それが一人一人にとっての「良い発音」なのであろう。ここから先は個性の分野で良いのではないか。そんな気がしてしかたないのである。
こうなってくると、同じように「発音」していても、相手によって通じたり通じなかったりすることもあるわけで、思いついたので書いておくが、これはセクハラに対する最も表面的な論評の仕方と似ている。相手がイヤだと思ったら、それはセクハラ。……比べるものではなかったような気もする。
 ともあれ、個性が個性であるために、押さえようとしてもどうしても滲み出てしまうのが個性であるゆえに、どうぞ「発音」に過度にこだわらず、こだわるなら「文字の読み方」にこだわったほうが、不思議なことに「発音」が「良く」なるようです。そんな気がして仕方ないのです。お、丁寧語。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 音声を書き表す記号としてのハングル文字を、自分たちの言葉を表記するために使おうという新聞記事。

 管理者の知り合いには朝鮮語好きが多くいて(そういう知り合いしかいないのはなぜだろう)、教えてもらったので紹介したい。
インドネシアのバウバウ市が文字を持たない少数言語であるチアチア語の表記をハングルを使って進めているという内容。いろいろと微妙なものを感じさせてくれる。アルファベット偏重へのアンチテーゼ、国策による世界へのハングル普及の是非、文字って何か。
チアチア族の人たちがハングルで表記されたチアチア語を「読め」ば、その「発音」はチアチア語だ。当たり前だが。

 記事中の金周源先生には学生時代教わったことがある。선비(人格高潔にして博覧強記、官職に就かない在野の士、どっか飄々としてとぼけた面白みもある、かな)みたいな先生だった。


2009.07.19(日)
 내일이 언젠데 19일이야? 管理者カレンダーでは8日の次は19日です。こういうことを言ったり書いたりするから「先生は真面目ですね」などと褒められたりするのだろうか。
梅雨もすっかり明けて、今日は土用の丑の日だそうだ。スーパーに買い物に行ったらウナギだらけであった。そんなものに惑わされる管理者ではない。なぜかと言えば昨日(十日も前がなぜ昨日なのか)のサクランボ問題にまだ決着がついていないからだ。
エンドゥ 앵두
エンドゥ 앵두

ポッチ 버찌
ポッチ 버찌

 ことの起こりは管理者の職場の一つである 在日本韓国YMCA の事務室にサクランボの差し入れがあったことからだった。いつだったかな。6月半ばくらい。当然のように「朝鮮語でサクランボをなんと呼ぶか」という話題になる。そこでまず出てきたのが 앵두(エンドゥ [ 桜桃 ] ) と 버찌(ポッチ) の二語であった。
左の写真をご覧いただきたい。앵두 がまさにサクランボのイメージであろう。そういう写真なだけかもしれないが。버찌 のほうはサクランボと言うよりベリーってんですか、同じ科に属しているかすらも知らないながらもサクランボのイメージからはほど遠い。
ここで議論が巻き起こった。

 韓国では昔から 버찌 を食べてきた。桜の花に当たる語を見よ。桜は 벚꽃 と言うではないか。語源的に見ても 버찌 こそがサクランボに該当する朝鮮語の語彙である。앵두 はまた別物の果物である。
いやまあ、とんだ戯れ言を言う。앵두 のあの可愛らしさ、赤くて瑞々しい感じ。これこそサクランボに間違いなし。앵두같은 입술(エンドゥのような唇)と言えば乙女の唇、버찌같은 입술(ポッチのような唇)ではまるで婆さんのしわくちゃの唇ではないか。

앵두派と버찌派にわかれて事務所は真っ二つに割れた。わたしは버찌 はきらい、なぜかって言うと食べると口の中が黒くなるから、などと言い始める者、議論の渦中の端っこでもくもくと差し入れのサクランボを食べる者までおり、事態はいよいよ紛糾の度合いを増していく。

 こういう時は辞書を信用しきってはいけないのは重々承知していながらも辞書で調べてみるのが語学教師の性(さが)である。日韓辞典には「サクランボ= 버찌 」と載っている。管理者も実は 버찌派である。
버찌派がそれ見たことかと鼻息を荒くすれば、それに対して앵두派は、버찌 だなんて田舎くさいとまで言い出して、話がおかしな方にこじれかけた。ちなみに双方とも中心になって議論を戦わせているのは全羅道出身の田舎者である。
まてまて、ここはひとつ若い人の意見を聞いてみよう。事務室には二十代半ばの韓国出身の事務員もいるのである。ねえ、韓国でサクランボってなんて言うの?

「チェリーです」。

 웃음 바다(笑いの海→笑いの渦)とはこのことだ。事務室全体を巻き込んでの議論の間、彼女は(事務員は女性である)笑いをかみ殺していたのだろうと思うと、サクランボの味も一層切ないものになった。チェリーかあ。チェリーねえ。ハングル表記では 체리 。
講師それぞれ心の中で「ぜったい 앵두(버찌)なんだから」と思いつつ、授業に向かった次第であった。

 これにはまだ後日談があり、ではマグロはどうなるのかということでひとしきり盛り上がったのは、また別の機会に。


2009.07.08(水)
 先日行きつけの韓国料理屋で飲んでいると(おごって貰っていると)、店長が何やら慌てて右往左往 우왕좌왕 している。大事な手帳をどこに置いたのかわからなくなったのだそうだ。日頃よくしてくれているので探すのを手伝った。そんなとこ何回も探してみたよー、と言う場所に限って怪しい。この箱の中は? さっき見たよー、無かったよー。なるほど、無い。そこで、ひょいと箱を持ち上げてみたら、案の定あった。ほら、これでしょ? 에이씨, 거기 몇 번 봤냐 에이씨. そこ何回も見たんだよー、もう!
所要時間わずか5分。チラシもろくに作れない管理者にしては上出来だ。(まだ気にしている)
 こういう時に朝鮮語のネイティヴスピーカーの発する 에이씨( 애이씨 でも可。에 だか 애 だか、そういう区別はこの際無意味だ)という音声は耳に心地良い。悔しい気持ちが濃音にほどよく乗って、真似してみたくなる。
エイシ? エイッシ? 若干野卑な響きと語源的な由来を持っているので強くはお勧めはしないが、朝鮮語話者のいない場所で使うぶんには構うまい。女性だと最後の 씨 が抜けて 에이 なんて言っている。そこもまた可愛いというコアな朝鮮語学習者もいたりして、話は何が何だかわからない。
店長がお礼に 눈속이다 という表現を教えてくれた。目が騙す、目を騙す。自分の目が自分を欺くともとれるし、失せ物が目を欺くとも解釈できる。基本単語は大切ですね。辞典には 눈(을) 속이다 で載っているのでご参照のほどを。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 以前に朝鮮語の個人レッスンをさせていただいた方から、韓国の食、なかんずく在日朝鮮人の食に関するイベントのご案内があった。管理者も在日朝鮮人のはしくれである。民族性に欠けていると指摘されることもしばしばだ。それはともかく、これも朝鮮語と関わりがあるものと判断し、返信内容とともに原文のまま紹介する次第。ご興味のある方は東京新宿は百人町へどうぞ。
  •  こちらこそご無沙汰いたしております。時間とお金のある人に思い当たりがないのでお粗末ながら弊サイトで簡単ですが紹介させていただきます。将棋がなかなか強くならずお目もじもかなわないとお伝えください。

    • 「イーストアジアン 食の異文化講座Ⅴ 」
      ・日時:2009年 7月 12日(日)  14:00 〜 17:00
      ・場所:イーストアジアン新宿  東京都新宿区百人町 1 - 12 - 2 セイザ新宿 301
      ・電話:03-6413-7104
      ・参加費: 6,000 円(フリードリンク&イート)
      ・制作:金在浩 / 高橋伸子
      ・進行:佐野良一
      ・講師:金在浩
      ・当日のメニュー:
          -牛筋とコンニャクの煮物
          -小松菜キムチ
          -鶏粥
          -茹で豚足の酢醤添え
          -トミクイタン(焼き鯛のスープ)
          -季節野菜のニンニクもろみ添え
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 引越祝いで貰った七輪をいよいよ使おうと思う。煙モクモク立ててベランダで肉を焼いて食う。近所迷惑である。
その前に朝鮮語で七輪を何と呼ぶかを確認せねばならない。管理者の生活信条である。七輪は、ええと 풍로 [ 風炉 ] だっけかな、たしか。辞書を引いてみる。
…… [ ー 노 ] 화로의 하나. 흙 또는 쇠붙이로 만드는데, 아레에 바람구멍이 있어 불이 잘 붙게 함. (火炉の一つ。土または金属で作り、下に風穴があり火がよく付くようにする。)※民衆書林 엣센스 국어사전 제6판
何か違うような気がしなくもない。暖房器具ではないのだ。暖房器具としても使えるが、今は夏だ。肉が焼ければ良いことにしたい。풍로 だと思うんだけどなあ。じゅうじゅう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 食べ物の話ばかりで恐縮だ。お題はサクランボである。さて朝鮮語では? 待て明日。


2009.07.05(日)
大同江ビール 대동강 맥주  大同江ビール 대동강 맥주 という北朝鮮のビールのコマーシャルを見た。飲んでみたい。「 수도에 생겨난 새로운 풍경 」だそうだ。水道で生まれたビールではない。首都なんだろうと思う。さすがに水道水は使っていないと思う。ロゴ入りのジョッキ、欲しい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ところで今日現在、管理者の住む場所の梅雨は明けていないが気分は夏である。管理者の夏は海でも山でも旅行でもなく、朝鮮語の授業だ。いつもと何の変わりも無い。一年中ずっと夏かと言われるとちょっと困るが、今は夏ですから。
そういうわけで宣伝ではないがご案内をする。在日本韓国YMCA 韓国語講座 というところで「夏の特別プログラム」というものをやっているのだ。試験対策クラスもあるのでご検討されたし。ほかにも小説、発音、文字の読み方(これはけっこう以上に大切。十年選手でも曖昧な人も見受けられる)などなど。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 健忘症 건망증 [ −−쯩 ] からはさいわい免れているが、最後の詰めが甘いことがこのところ多い。先頃も上記団体のチラシを作ったところ、日程は間違うは、時間はずれてるは、講座の内容の誤記があるはでたいへん肩身の狭い思いをした。
肩身が狭いのは慣れているからいいものの、後始末が面倒である。せめてもの償いとして上段で宣伝してみた。あら、やっぱり宣伝だったのね。甘いのは顔と考えだけにしておきたいものだ。あ、自己認識も甘いですね。それにしても飲んでみたい。


 
2009.06.10(水)
 何らかの補足が必要だと思っていたらやはり補足しておくことがあったので補足してみたい。「 ○○적이지 않다 」の件である。
だいたいにおいてこれで良さそうだが、「 ○○적이지 않다 」はあっても「 ○○적이지 못하다 」は若干違和感があるという意見をいただいた。
「人間的ではない」「合理的ではない」はそれぞれ「 인간적이지 않다 」「 합리적이지 않다 」が支配的であって、形としてはあり得る「 인간적이지 못하다 」「 합리적이지 못하다 」は、「ちょっと、あれ。좀 어색하다. 」なのだそうだ。
そういうこともあろうかと 文型 Ⅰ-지 못하다 のページでは「通常は ○○적이지 않다 で問題ありません」としておいたわけであった。そういうものである。そういうものなのだそうだ。
以上補足のようなものでした。ご指摘ご質問をお待ちしております。ありがとうございます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 先月来吹聴しておりました韓国合宿企画でしたが、今回は残念ながら頓挫いたしました。えっ、頓挫。おやおや、身も蓋もありませんね。ちょっと楽しみにしていたんですが。
またの機会もきっとありますでしょう。あるはずです。
以上お知らせでした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 では管理者は夏をどうやって乗り切ればいいと言うのか(合宿の企画、夏に予定していたのですが)。
ここはひとつ、日本で朝鮮語を勉強してみたらどうだろうか。どことはあえて言わないが、夏ですもの、いろんなスクールがいろんなプログラムを打ち出し、捻り出し、繰り出すことと思う。どこのスクールとはあえて言わないが(宣伝は原則としてしない方針である)、申し込んでくれるといいなあ、と思うのだ。管理者はずうずうしいにもほどがあるのではないか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ところで、昔、韓国で売ってた歌謡曲のテープ( CD でもないしレコードでもない、つまりカセットテープ)、あれって、歌詞カードついてたかな。ついてなかったと思うのだが。


2009.06.07(日)
 「某韓国語のテキストに‘現実的ではありません’の韓国語訳が [ 현실적이지 않아요. ] となっています。 [ 현실적이다 ]の語尾が指定詞なので、その否定形は[ 현실적이 아니예요 ]となると思われます。」様、ご質問ありがとうございます。
そう言えばそうだな、あれそうだっけかな、と二つの複雑な思いを胸にさっそく調べてみました。
  •  手始めに弊サイトを検索してみたところ「通常は ○○적이 아니다 で問題ありません」と自分で書いた文が引っ掛かりました。
    引っ掛かりましたが、何か引っ掛かるのであれこれ調べ、確認し直したところ、おおむね以下のようなことで良さそうということに落ち着きましたが、いかがでしょう。
    体言そのものを打ち消す文型としてはやはり -가/이 아니다 でいいのですが、体言部分が「 ○○적 [ −−的 ]」の場合は、そうはならないというのが現状のようです。
    すなわち「 ○○적이다 」という形自体が一個の形容詞的に扱われて、Ⅰ-지 않다 またはⅠ-지 못하다 が適用されます。
     ためしにネットで検索すると、「 ○○적이지 않다 」「 ○○적이지 못하다 」は多数見受けられますが、「 ○○적이 아니다 」の用例はごく少数にとどまりました。少なくともネット上では「 ○○적이 아니다 」は一般的ではないとは言えそうです。
    ここにあらためて、管理者作成による弊サイトにての説明「通常は ○○적이 아니다 で問題ありません」を「通常は ○○적이지 않다 で問題ありません」に訂正するとともに、ご質問へのお答えとさせていただきたく存じます。ありがとうございました。勉強になりました。また何か上手い説明や例文がありましたら後日あらためて補足させていただきたいと思います。
    弊サイトにて追加訂正した箇所については、文型 Ⅰ-지 않다文型 Ⅰ-지 못하다 をご参照ください。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 上段での回答をご覧になっておわかりのように管理者は底知れない実力を秘めているとしか言いようがない。上げ底でないだけましである。これですこしは底上げできたのだろうか。
何らかの補足、ほんとうに必要な気がしてしかたない。こういう時はほんとうに必要だったりするから不思議だ。大きな見落としがあるような気がする。まるで管理者の人生のようである。いったいどうなるのか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
韓国合宿プログラム、ただいまギリギリの線で折衝中であります。もう少々お待ちください。大丈夫なのだろうか、ほんとに。


2009.05.31(日)
 弊サイトの内部リンク状況をつらつら見ておりましたら、  한글 de 漢字 の中にある 「収録漢字一覧」 というのがリンク切れを起こしておりました。収録字数、実に 2,583 字。便利なんですよ、ええ。ところが、ボタンクリックで該当ページに飛ぶはずが、いくら押しても動きませんでした。何かあったな。あったなも何も管理者が杜撰だっただけですね。せっかくのページをご利用いただけないのは遺憾でありますので、さっそく直しました。今度はボタンではなくただのリンクです。
ここ数ヶ月以上、もしかしたらページを作った当初からリンクが切れていた可能性があります。日常のちょっとした落とし穴ですね。どうぞご利用ください。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 この四月から新しい教科書を使っている。以前から使っていたものの改訂版だ。これまたせっかくだから副教材として作ってあったプリンとを作り直している。コンピュータを買い換えた効果がこんなところにも。
作ってあったプリントを見直すと誤字脱字がある。多くはないが直さないといけない。また、若干説明不足であったり例文がわかりにくいものもある。自分で作っておいて勝手なことであるが、そういうのも直しつつ日々を送っている。このほかにも、お酒も飲むし、夜更かしもする。洗濯もするし掃除もする。食事を作りもするし散歩にも行く。先日など知り合いの区民農園の水撒きにまでつきあった。そのわりには暇な気がする。不思議だ。
 この修正作業と新規プリント作成をしていたら、Ⅱ-려면 というものが出てきた。ええと第五課だっけかな。そうだよなあ、これもよく使うんだよなあ。授業用のプリントを作って、ふと思い立って弊サイトで探してみたら、……あら、無い。作ってないですね。いや、人ごとではない。
かわりにⅡ-려고 は作ってあるので中身をみると、実にシンプル。とてもシンプル。ホントウにシンプル。わかりやすいのはいいけどシンプル。ということで 接続形として新たにⅡ-려고 を追加修正 しました。順次、終止形としてのⅡ-려고 、文型Ⅱ-려고 하다 とそのヴァリエイションとしてのⅡ-려면 なども追加予定です。どうぞご覧ください。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 韓国合宿ツアー、日にちが迫っております。7月最終週または8月第一週、3泊4日または4泊5日。チケットの予約の関係もありますので遅くても今週中くらいに金額を含めて詳細をお知らせいたします。


2009.05.17(日)
 何をうわずって 획기적이다! とまで TOPページに記してしまったかと言えば、管理者はコンピュータを新しく買ったからである。一世代か二世代前の iMac G5 だ。つまり中古品である。ありがとうございます。とても嬉しくかつ便利に使っております。その証拠に毎日拭いてやっています。
Windows マシンが嫌いなのではなく昔から Macintosh を使ってきたので慣れているだけであるが、この Apple という会社は新しモノ好きが度を超しており消費者を馬鹿にしているのではないかと憤ることもしばしばだ。とにかくモデルチェンジがはやいことはやいこと。そんなにポンポン出されても買い換えないよ。と思って半ばすねながら使っていた先代のマシンでは閲覧できないウェブサイトが増えてきた。あまつさえ本体の外国語入力はきちんとしているくせに、フリーのソフトでユニコード対応のHTMLエディタが見あたらなかったのだ(あったかもしれない。管理者の苦手なもののひとつに調べものがある。足と頭と伝手を使ってあちこち調べるのは上手ではない。そのくせこのサイトの名前は「朝鮮語レファレンス」である)。HP作成ソフトなどという値の張るものを管理者が購入するわけがない。とにかくタダで HP を作るというのが管理者のポリシーだ。ケチなのもいい加減にしたらいいのではないだろうかと時々思う。

 今回手に入れたモノは型落ちとは言えこれまで使っていたものの十数倍のスペックであり、見た目の綺麗さは百倍程度、満足度は五倍程度だ。この内省的観察結果からは、これまでも管理者はそれなりに満足していたこと、いかに古いマシンを使っていたかを知ることができる。
いちばん楽になったのは、これまでハングル文字をいちいちユニコードの数字で入力していたのがハングル文字で入力できるようになったことだ。「 가 」と入力するのにその都度「가」とか打っていたわけである。ハングル文字とユニコードの早見表まで自分で作っていた。修行僧か、管理者は。ともあれ管理者にとっては画期的 획기적 であるのだ。離れた場所にある井戸から水を汲んできていたのが家に水道が引かれておまけに水質も向上したという感じだ。
そのほかにも Macintosh用の Office も一緒に手に入ったのでエクセルとワードとパワーポイントが使えるようになった。仕事の幅が広がるだろうと思うと不思議なことに面倒になってきた。ガンバり過ぎてはいけない。あんまり使うとキーボードにホコリがつく。使う前は手を洗うことにしている。インフルエンザ予防のためだ。皆さんも手洗いを励行なさませ。綺麗なままでキーボードが使えます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 サーチャージもほぼタダ同然になり海外へのチケット代も安くなったのだろうか。
さて、ソウル3泊4日、大学での語学研修とソウル市内及び近郊での体験ツアー参加という企画があったら、どれくらいの価格が妥当であろうか。管理者の金銭感覚は当てにならないので誰か教えてくれませんでしょうか。


2009.05.07(木)
 先日「もしかしたら韓国でドラマ化されるかもしれないから読んでみて」と手渡された韓国の小説がある。ドラマ化に便乗して翻訳して一発当てようというこの類の話は 99%が話だけで終わることになっている。そういうものである。
タイトルは『 Perhaps Fruits Candy 어쩌면 후르츠 캔디 』。「もしかしてフルーツキャンディ」とでもしておけばよかろうか。直訳だが。仕事の一環として、そしておそらくドラマ化される気遣いはないので気楽に読んでみた。管理者は何を読んでも面白がるタイプだ。選り好みはしない。
著者名も書かねばならないのだが手元に本が無い。読んだ後で編集の人に返してしまったのだ。ただなぜか帯だけここにあるので引用してみる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 오해의 스포트라이트 받아보셨나요?
" 사랑은 사탕이랑 비슷해야 해.
꼭 필요할 때 달콤함을 선사하는 후르츠 캔디 같아야 한단 말야. "
誤解のスポットライト浴びたことってあります?
「恋はキャンディみたいじゃないとダメ。
甘いものがほしいなって時の甘〜いフルーツキャンディ。これよ、恋は」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 地方大学出身のぱっとしない女の子が韓国を代表する広告代理店ジャイアント企画に入社したはいいけれど、経営者一族の縁故採用だと誤解される。そこにまつわる恋と仕事、そして成長。
かいつまんで言うと身も蓋もないがそういう内容の話であった。ドラマ化されたらこれを翻訳しないといけないのだろうか。されるといいなあ、ドラマ化。いや、本気で。
それにしても外来語表記がテキトーだ。Fruits なら [ f ] は ㅍ で表記するのが本筋ではないか。この場合なら 프르츠 と。な? いったいどうなっておるのかね。責任者はどこだ。ああ君か、“外来語表記法 외래어 표기법 ”君。すまんがちょっと説明してくれんかな。
何でも筋を通そうとする人の真似をしてみた。こういうのはテキトーでいいのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 小説などを読んでいると知らない言葉は当然たくさん出て来る。日本語の小説でも事情は同じだ。最初は辞書にあたるのだが辞書にすべてが載っているわけではない。ああでもなしこうでもなしと考えて推理してそれで判明すれば上出来、それでも不明なまま残るフレーズもある。人生の楽しみの部分とも言える。
上記の小説を読んでいてもやはりそういう不明なフレーズはあった。되고송 というフレーズだ。
되고송 ? 何だそれ。動詞の 되다 にⅠ-고 がついて、そして歌の song で 송 かな?
 主人公の女の子が入社面接で一曲披露したという場面なので 송 はやっぱり歌の song で間違いない。それにしても 되고 はなあ。
わけわかんないという気持ちが働いたのだろう。何だろなと思いつつ気晴らしにネットを見ていたら偶然判明してしまった。こういうときは自然と目的に行き着いたりすることがある。知らないままのほうがよかったのに。もったいないことをした。
この 되고송 、そんなことあるまいと思っていた予想に反してほんとうに動詞の 되고 に歌の song で 송 だった。何のことはない、昨年あたりから韓国で流行ってたそうである。そうですか。
「もしそうだったらこうすればいいし、もしこうだったらそうすればいいし」というスタイルの歌詞が続く。一番最初に歌ったのが、もはや誰も批判しなくなってしまった 장동건 チャン・ドンゴンだそうだ。携帯電話のコマーシャルで「若手イケメン俳優がいっぱいでてくりゃ演技力で勝負すりゃいいし」的な歌詞をなぜかバスタブに入っている彼が歌っている。ほほう。되다 は通常「成る」という訳語があてられやすいが、「(〜しても、〜すれば)いい」という意味でも使いますでしょ?
このほかにもいろいろなバージョンの 되고송 が日夜生まれているとのことである。流行語として何年かすると懐かしがられてしまうかと思うと今から懐かしい気持ちが芽生えてきた。せっかくだからここに書いて、結構がんばって調べて偶然判明したのでその苦労もあわせて、気が早いかもしれないがここで供養することとしたい。
それにしても 되고송 、どう日本語に訳せばいいものか。いいじゃんソング? 何だかなあ。……お、案外いいかも。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 新型インフルエンザである。豚インフルエンザとは言わなくなってしまった。イスラエルとかイスラム圏に配慮したのだろうか。鳥の立場はどうなるのか。
新聞ではちょっと前までは豚インフルエンザ、韓国でもそのまま 돼지 인플루엔자 としていた。こういうときは 독감 [ 毒感 ] とはあまり言わないようだ。
豚にもうしわけないと思ったかどうかはともかく、いつのまにか日本では「新型インフルエンザ」、韓国では「新種インフルエンザ」と呼ぶようになったのはいいが、問題はヘッドラインでの省略のしかただ。日本では「新型インフル」が多かろう。韓国の新聞ではなぜか「新種プル 신종 플루 」である。ああ、まただよ。どうして頭とお尻を省くかな。こういう省略ができれば管理者も一人前なのだが。くやしい気持ちが芽生えてきた。いろいろ芽生えるものだ。
さて、今夜は豚シャブ 돼지 샤부 だ。ありがたくいただこうじゃありませんか。여기요, 일인분 더요 !(すんません、こっち一人前追加!)


2009.05.02(土)
 ゴールデンウィークなので管理者は忙しくないような気もするが、さきほど「やらなくちゃリスト」を書いてつらつら見てみるとけっこう忙しいような気もする。いきなり気が滅入ってしまったので書いたリストを破り捨て、近所の安売りリカーショップにてビールを仕入れてきた。ビール券ありがとうございます。ありがたく使わせていただいております。これで安心だ。
ほっとひと安心はもうひとつある。年明けから飛び飛びに更新してきた詠嘆形の語尾がやっと終わった。ほっ。せっかくなので再度列挙してみる。

【詠嘆形】
   Ⅰ-구나    Ⅰ-군    Ⅰ'-는구나    Ⅰ'-는군
   Ⅰ-구려    Ⅰ'-는구려
   Ⅰ-구먼    Ⅰ'-는구먼
   Ⅰ-로군    Ⅰ-로구나

 似たようなものばかりじゃわい。헛, 비슷비슷들 하구먼.
爺さん朝鮮語とまでは言い切れないにしても「年配」感のある語尾が多いとは言える。そのため各語尾の説明ページに付けた例文の日本語訳例もわざとジジむさくしてみたのはいいものの、なんだかすっかり老け込んだ気分になってしまった。
Ⅰ-더구나 ・ Ⅰ-더구려 ・ Ⅰ-더구먼 というのも含めるべきかもしれないが、今回は見合わせた。Ⅰ-더- 、これが曲者である。俗には「回想過去」と言われているⅠ-더- 。たしかに過去は過去だし、自分の見聞を元に主観的に思い出しつつものを述べるというスタンスなのは間違いない。しかし「今現在を基準にしたいわゆる過去」という概念だけではこのⅠ-더- はどうもくくりきれなさそうだ。うまいことまとめる自信が今はないのでひとまずペンディングにしておきたい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 さて、老け込んだ気分を振り払うために、ここはひとつ気分を換えてまったく違う文例がたくさん出ているものでも読まねばと思い、ほんとうは職場で行う特別プログラムの準備のためだが、短編小説をひとつ読んでみた。唐突にインド人男性が出て来る。その彼と韓国人男性のやりとり、会話でストーリーが進んでいく。さて、その会話の裏に透けて見えるものは……という、自分で紹介しておきながらうまくまとまらない短編だ。まあ読んでみたいわ、という方はお気軽にお問い合わせを。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 先日の当欄でもお知らせしたとおりサーバ移転に伴い URL が変更になった。自分で変更したわけだが。せっかくサイトも引っ越ししたし、春だし、暇だし(もっと働かないといけないはずなのだが)、画面に備え付けてあったページ訪問者数のカウンタも撤去してスペースがすかすか空いてるし、ということで Google を使ったサイト内検索というものを導入してみた。どうですか。出ますか。使えますか。せっかくだからお使いください。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ホタルイカと鯖の西京焼き。今年に入って食べた物の中では断トツに旨い。しみじみ旨い。


2009.04.15(水)
 このたび弊サイトのサーバ移転に伴いサイトの URL がご覧のように https://www.penguin99.com/ に変わりました。お手数ですがブックマークのご変更をお願いいたします。
URL が変わってもサイトのコンテンツに変更点はございません。今後ともご指導ご鞭撻、はたまたご指摘ご叱責ともどもご愛顧を賜りますよう伏してお願い申し上げます。
同時に、画面左下に設置しておりました閲覧累計のカウンターを撤去いたしました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 あらためて新年度明けましておめでとうございます。
日頃から弊サイトをご愛顧くださっている皆様は如何お過ごしでしょうか。お元気ですね?
エイプリルフールにとっておきのホラを吹こうと思っていたら知らぬ間に過ぎ、桜も咲いたと思ったら何の断りも無しに散り葉桜となり、管理者は毎年のように春窮に喘ぎつつも勇ましく日々暮らしております。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 先週、4月の第二週は管理者の職場の一つである 在日本韓国YMCA 韓国語講座 の開講ラッシュだった。
人間、あったかくなると何か始めたくなるもののようで、それを見込んでどこのスクールでも「新規開講! 春の韓国語はこれできまり!」みたいな宣伝を打つわけである。儲かればいいわけでもないし、より大切なのは講座の内容であるが、赤字はダメなんだそうだ。そういうことで頑張って職場の仕事に専念していたら管理者は痩せてしまった。痩せる余裕があったのが面目ない。
不手際も多かろうと思いますが、より一層皆様の韓国語学習に裨益せんと運営にこれあい努めます。
……職場のHPに書く予定だった文章がまぎれこんしまった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 年度が替わったので 2009年度の目標を立ててみた。今年度はずばり、「寝坊をしない」、これである。管理者は小学生なのではないかという疑念が一部で囁かれているらしいではないか。
寝坊をして遅刻するのは人間ですものしかたないじゃない、というのは一理も二理もある。しかし理はあっても利はない。自他ともに「ああ、まただよ。いいかげんにしろよ」と思ったり思われたりではいかんのではないかと思っていたら今日早くも寝坊して遅刻してしまった(それでも授業に遅れたりはしない。授業の準備にも抜かりはない。そこまでひどくはない)。
ちょっと忙しいと言っては痩せたり寝坊したりサイトの更新を怠ったり、そのくせ実はそんなに忙しくないのだ。年度があらたまったのを汐に、寝過ごして遅刻するのを二ヶ月に一回から三ヶ月に一回にしたいと思う。
또 헛소리 하는구만. (また何か言うておるわい)


2009.03.05(木)
 虫もカエルも動き出すにしては寒いのではと思われる本日は啓蟄。朝鮮語では 계칩 だ。
いや待て待て、경칩 ではないのか。계칩 よりは 경칩 のほうをよく耳にするような気がする。そこでお手元の辞書をご覧ください。
ということで見てみた。……両方載ってるな。계칩 [ 啓蟄 ] 、경칩 [ 驚蟄 ] か。漢字が違ってたのね。
 無明の闇をひらく「啓」、闇の果ての光明たる知識におどろく「驚」と、収まりがついたふりをよそおってみた。みたものの、管理者の家の啓蟄はもう少し先。寒いんですな、まだ。
おかげで軽くだが風邪を引いた。バカは風邪引かないというのは間違いで、バカでも風邪を引く。
これには続きがあって、バカが風邪を引いている→バカだから風邪を引く→風邪を引いたからバカ、というように、管理者は倒錯した三段論法によって非難を受けやすいタイプだ。どうにかならないものだろうか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ご応募いただいた 朝鮮語 mini クロスワードパズル の玉稿、如上の理由で更新が遅れておりました。本日(2009.03.05)付けで更新を再開しております。
今後も順次更新して参りますので、新たなご応募お待ち申し上げております。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 そういえば明後日に迫っているイヴェントがあるので宣伝ではない、あくまでお知らせをしたい。
3月7日の土曜日、午後2時30分開演、東京は水道橋にある 在日本韓国YMCA というところで、朝鮮の伝統芸能の発表会が行われる。入場無料、どなたでも観覧可。太鼓と舞踊と朝鮮の琴など、気合いが入った一年間の練習の成果を問う発表会。
会場に足をお運びになると出演者たちの入神の演技はもちろん、管理者をお見かけになったら今後の朝鮮語学習について管理者による非公式カウンセリングまで受けられるという、一年に一度の催し物。
一足早い春を感じる散策コースに是非お加えください。


2009.02.25(水)
 その時にも何だかおかしいなとは思っていながら、家に帰ってから言い間違いに気づくことがある。
先日授業で TOPページに載せてある「今日の言葉」のことを授業の前振りとして使ってみた。「 혓바늘 舌の先にできるポチッとしたできもの」である。
ほら、舌の先っちょになんかできものができることありますでしょ? ポチッと。小さいけど痛くて、すごく気になるアレですよ。というふうに。
 ああ、アレのこと、と皆さんすぐにイメージが浮かんだようでそれはよかったが、その際に管理者は 혓바늘 と黒板に書くべきところを 혓바닥 と板書してしまった。かなり大きな字で。おかしいなとは思ったものの、いったん書いてしまったら 혓 にしても 바닥 にしても字面として違和感がないから不思議だ。ちなみに 혓바닥 は「舌の広い平らな部分」のことである。以降最後まで堂々と話しを続け、授業も無事終わり、帰りに一杯飲んで家に帰り着き、ふとんに入ったとたん、ああっ間違ったあ! と思わず声をあげてしまい、そのまま穏やかに眠りについた。寝付きは良いほうである。
翌朝、管理者の 혓바닥 は荒れており、舌先には 혓바늘 がポチッとできていたのは言うまでもない。ストレスが原因だというではないか。
あの、次の授業の時に訂正いたしますので、どうかひとつ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 こんなことを書いていたら、朝鮮語とはまったく関係ないことまで思い出した。
管理者の仕事場の一つである 韓国YMCAの韓国語講座 もご多聞にもれずもうすぐ新年度を迎える。管理者の職掌にはパンフレットの作成、発注も含まれており、今回も頑張って作った。
刷り上がって届いたパンフレットを見て、ここの線はもっと太く、こっちの色は変だったかな、などと反省半分、自己満足半分で見ていたところ、重大な脱落があった。
受講料の振込先の案内の箇所に、なんと口座番号を書いていないではないか。これでは振り込みようがない。
ただいま現在、管理者は舌先の 혓바늘 を持て余しつつどうしたものかなと思案中だ。ほうっておくと何をしでかすかわからないので、管理者の言うことやすることにはくれぐれも気をつけてほしい。


2009.02.19(木)
 ごく一部でご好評いただいております  朝鮮語 mini クロスワードパズル
ぞくぞくとご応募いただきまして、管理者はとても嬉しゅうございます。お送りいただいたパズルを html ファイルにするのがこんなに手間が掛かるとは思わず、嬉しさもひとしおです。これも皆様の人徳のおかげ、管理者の不徳のいたすところ。こうなれば一生を捧げて手間の掛からない方法をさがす所存です。どうぞたくさんご応募ください。
ところで9×9のパズルのほうは、どうして作ってくださらないのでしょうか。そんなにお嫌いなのでしょうか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ということで、mini puzzle のストックが大量にある。と言っても十ヶ。いや十ヶはけっこう多い。
自分で作ったものなら取り置きもしようが、人さまの御作なので早いところ陽の目を見せてあげないといけない。しばらく毎日、日替わりで更新となる。
さあ、朝起きたらまずは mini puzzle 。そんな素敵な朝を迎えられるのもご応募くださる方がたのおかげ。おかげで管理者は朝っぱらから html ファイル作りの毎日だ。あ、いえ、管理者けっこう嬉しがってますので。そういう体質ですので。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 不況だ不景気だ、まさか恐慌にはなるまいがというくらいの厳しい経済状況。それでも、いや、それだからこそ生活にゆとりを。そんなわけでもなかろうが、2009年 1月下旬に 韓国デザイン文化財団 한국디자인문화재단 というところが
 これが韓国の「おかもち」
韓国デザイン文化財団
日本のと同じ、に見える。
Korea Design Heritage 2008 と題して韓国の過去五十年間における生活の中のデザイン厳選52 、というのを発表した。
 あ、これ見たことある、というものもたくさんある。バナナ牛乳 바나나맛 우유 、七星サイダー 칠성 사이다 、現代自動車のポニー 포니 、垢すりタオル 이태리 타올、キムチ冷蔵庫、赤ならぬオレンジの公衆電話、などなど。面白いので是非ご覧あれ。
この中に 철가방 (左写真: Korea Design Heritage 2008 より)も選定されている。出前の人が持つ、あの「おかもち」だ。
明日か明後日か、この 철가방 について  使える朝鮮語 で取り上げてみたい。
それにしても、前にも書いたが、こういうところに目が向くようになった韓国、やっぱりお金の余裕が昔に比べたらあるんだろうと思う。良いことなんだろうかな。


2009.02.11(水)
 天気が良ければ暖かいし、悪ければ寒い。暖房器具の貧弱な管理者の家は外気の影響を直に受けてしまうので、管理者の日常の行動もその日の天候に左右されることが多い。寒いと動かなくなるのは爬虫類と同じではないか。
白色光の蛍光灯では気分まで寒々しくなってしまかねないと危惧した管理者は、照明を、あれ何て言うんですか、電球ですか? 白熱灯? つまり肌色のものに付け替えた。
たしかにほんのりした雰囲気である。そのかわり若干暗い。暗いので何か他の照明器具を、と考えて購入したのがランプである。ロウソクのランプ 촛불 남포 。
これでばっちりだと思ったらさにあらず。暗いんですな、ロウソクの火って。これは照明ではなく装飾品の部類のものだったと今さらながらに気づいた。買った物はしかたないのでありがたく使っている。エコな時代の流れに逆らってしまっている管理者の照明ライフだ。
気づいたついでに、ああ灯台下暗しってほんとうだなあと、これも今さらながらに気づいたので本日は久しぶりにクロスワードパズルを作ってみた。どうぞお楽しみあれ。お題は「灯台下暗し」だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 先日来 mini puzzle の新規募集を始めたところ、なんと四つも集まった。いや、集まらないので無理に作ってもらったのが四つもあった。いやいや、無理に四つも作らせてしまったと言うのが正しい。いいのか、これで。
それはさておき、三日おきくらいで更新していきますので、こちらもどうぞお楽しみを。それとご応募も、是非。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 辞書にも載っているが、そういえば 아주 には“すっかり、完全に”という含みもある。
『春香伝 춘향전 』の映画だったか、夢龍 몽룡 が春香に「 내가 떠나 아주 가며 아주 간들 (私が去ってしまっても)」なんて言っていたような気がする。また、一時的にではなく国に帰るなんていう話をしていて、「그래? 그럼 아주 가는 거야? (へえ、じゃあ、もうずっとあっちなの?)」というようにも使う。
아주 は“とても”というだけではないよなと、 mini puzzle を作ってもらいながら、おしゃべりしていて思い出した。ありがたいことだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 またしてもそういえば、うちのコーヒーメーカー 커피 메이커 が今日で満二十二歳になった。1987年の2月11日に購入したのだ。二十二歳になれば少しずつ臆病者になるとかいうことらしいが、そんなこともなく普通にコーヒーが淹れられる。
이십이년 전에 비해서 생활은 아주 변했지만 커피 메이커는 그냥 그대로 여기에 있다. (二十二年前にくらべて生活はすっかり変わったが、コーヒーメーカーはただここにある)。単に管理者の稼ぎが良くないだけの気もするが、これもありがたいことだ。
ということで、今日はコーヒーは淹れないでココアを飲む。コーヒー豆が切れているのだ。


2009.02.08(日)
 本日はTOPページにも表示されているとおり2・8独立宣言記念日。1919 年 2月 8日、当時東京に留学していた朝鮮からの学生らが中心となり朝鮮の独立を宣言したという日だ。管理者の仕事場の一つである 韓国YMCA というところで宣言が行われたということで、昨日はその記念式典があった。管理者は式典には参加せず事務所の留守番をしていた。居眠りしながらであるが。毎年のことだが駐日韓国大使も来ていて(代理かもしれない)外交官ナンバーの青いナンバープレートのメルセデスが建物の前に停まっていた。ああいうのは駐禁取り締まりのお巡りさんも見て見ぬふりをするのだそうである。本当だろうか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3×3 mini puzzle
1
 
2
 
 
 
3
 
 
 
4
 
 
 
 
十回掲載で
お食事券
プレゼント!
 それはさておき、TOPページ下段に3×3マスのちいさな朝鮮語クロスワードパズルを載せております。はじめのうちは単なる賑やかしのために管理者が思いついたまま作っているだけでした。ある日、これもハングル文字を入力できるようにすればいいのではと、ふと思い立ったのが余計なことでした。手間が掛かるんですね。有り体に言って、こめんどくさい。
こめんどくさいのはいいのですが、3×3マスとはいっても毎回考えるのも管理者としてでしゃばりすぎではないか、ここはひとつ弊サイトを閲覧してくださる皆様がより多く朝鮮語に触れる機会の一環とせねばならぬのではないか、こう考えるにいたりました。
そこで、あらためて mini puzzle 十回掲載でお食事券プレゼント ということで、正式に3×3マスの朝鮮語クロスワードパズルを募集いたします。ご応募いただいた方のパズルは TOPページに掲載のうえ、随時  朝鮮語 mini クロスワードパズル に再録いたします。十回掲載でお食事券をプレゼントいたします。 朝鮮語クロスワードパズル募集要項 にウィンドウズ版とマッキントッシュ版の応募フォームをご用意いたしました。
是非お時間のある時にお作りになって管理者宛にメールにてお送りください。ご応募お待ちしております。
これまでの9×9マスのパズルのご応募もあわせてお待ちしております。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 とてもまともなことを述べているようであるが、やっぱり管理者はこめんどくさいだけではなかろうか。いやいや、朝鮮語に触れる機会の一環としてですな、その提供をせねば、というのも本心。こめんどくさいのもやっぱり本心。
誰も応募してくれないと「今、この場で作ってくれませんか」と管理者は手当たり次第に強要することになる。管理者の周囲の人間にとってはいい迷惑だ。あまつさえ、いらないと言うのに無理矢理に食事券を手渡されるのである。二重にいい迷惑だろうなあと思う。


2009.01.27(火)
 わしはのう、若い頃、ちょっと信じてはもらえんかもしらんが、実は宇宙人といっしょに円盤に乗って宇宙を旅したことがあってのう。いや、あれは今でも忘れられない思い出じゃわい。
この文から受ける感想として、やれやれまたペクソンギ爺さんのホラが始まったよ、というものがあろう。また、この文の話者がかなり年配の男性であるという情報も読む側に伝わるのではないか。
管理者も偶然ペクソンギという名前だが、ホラは吹かないし爺さんでもない。それはともかく、 話し手がおじいさんではないかと思われる箇所は文の随所にたしかに見られるであろう。ここでは文末に注目してみたい。「じゃわい」の部分だ。これには話し手が自分の追憶に対して思い入れを込めて感慨にひたっているようなニュアンスがあろうと思う。
この「〜じゃわい」が醸し出すのは、「いかにも年配の男性(女性でもいいが)が喋っている」という雰囲気だ。
しかし、実際に「〜じゃわい」という文体で話す実物の人間を見たことがあるだろうか。管理者はそんな爺さんは見たことはない気がする。そうではあっても、いかにも本当にいそうなのが不思議だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 上段で述べた「いかにもありそうな口調、しかし実際に使う人間はいない(あるいは、いなさそう)」というのが、朝鮮語の詠嘆形であると規定する向きもある。これを疑似会話体と呼ぶのだそうだ。普及し定着した用語ではないがなんとなく感じはわかる。
さて、どういうことだろう。管理者なりに考えてみた。
Ⅰ-구나 や、Ⅰ-구려 、Ⅰ-구먼 など、たしかにこういう語尾は存在する。実際に使ってはいるが、これはなるほど、話し手が感じたことを驚きや発見というニュアンスを込めて「一般常識や通念にのっとって作った架空の文体」で物事を述べている、ということになるのではないか、と思えなくもない。つまり、わざと意図的に状況に合わせた言い回しをするのである。実際本当に驚いたときに、悠長に「〜だなあ」などとは言わないような気もする。心の中である種の整理がついてから、それを言葉として表現する際に半ば相手に向けた形での、作為のある文体ということになるかもしれない。
例えば次のような朝鮮語の文がある。食堂の前に並んでいた男性が(どれくらいの年配かは失念。若くはなかった)行列に並ぶ人数の多さを見ていった言葉だ。

   이거 못 먹겠구먼. (こりゃ食べらんないわな)

 いつ聞いたかも失念したが管理者が実際耳にしたものだ。日本語訳はこうでもあろうかと管理者がつけた。こうして聞いたことがある以上、実際に使う語尾であるとも言えるが、こういうことではないか。この男性、このぶんでは相当待たねばならないから食べるのは無理だ、ここで食べるのはやめようかと思ったのであろう。それを述べるために、その場、自分の年齢などに“いかにも”合致しそうな文体を使ったと見ることもできる。こういう状況ではこういう言い方をするという通念に従って、敢えてそういう言い方を採用したということになろうか。こういうのを疑似会話体というのだそうである。
なんだか混乱をきたしそうになってきたのでここらへんでやめよう。疑似会話体というまとめ方も面白いが、弊サイトでは「こういう語尾もある」というスタンスで詠嘆形なりなんなり、なんでも紹介し、管理者なりの整理をつけて皆様のお手元にお届けするまでのことである。それにしても、いろいろ考える人がいるもんじゃわい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 先週ですが、TOP ページにちいちゃなクロスワードパズルを配しました。遊んでください。お手軽です。なんなら考えて応募してください。賞品はどうしようか考え中です。更新は不定期随時です。マスが少ないぶん、頻繁に更新します。更新したいと思います。更新できるといいと思います。
9 × 9 の大きなサイズも応募してください。9 × 9 に応募してくださった方には食事券をお送りいたします。美味しいです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 これも先週ですが、もうひとつ、何年かぶりに 朝鮮語一問一答 に ひとつ追加しました。朝鮮語の野球用語です。興味なかったらなんにも面白くありませんが、そんなこと言わないで、楽しく野球観戦したいじゃありませんか。したくない? ま、おひとつどうぞ。


2009.01.20(火)
 引っ越しして家があんまり寒いので横着を決め込んでいたら、寒くて横着をする気力も失せ果てた。やはり体なり頭なり使わないと非力な暖房器具だけでこの冬を乗り切ることはできそうにない。
そこでずいぶん前から管理者の脳内未整理箱の中でほこりを被っていた詠嘆形にカタをつけようと思い立った。한국말을 잘 하시는군요. (朝鮮語お上手ですねえ)などの、あのたぐいの終止形の語尾である。
要するに「感嘆、詠嘆、驚き、感心」だろうということで、それこそカンタンにまとめられるだろうとか思っていたら、こういうことほどそうはカンタンに問屋がおろさない。だてに未整理箱の中でほこりを被っていたわけではないのだ。多いのである、数が。これまとめるのかあ。面倒なのがなんとなくわかっていたので放置しておいたらこのざまである。管理者は爽やかなのもいい加減にしたらどうか。
反省も兼ねてしばらくの間、詠嘆形ということで次の語尾をぽつりぽつりとアップしていきたい
  • Ⅰ-구나 ・ Ⅰ'-는구나 ・ Ⅰ-로구나 ・ Ⅰ-군 ・ Ⅰ'-는군
  • Ⅰ-구려 ・ Ⅰ'-는구려
  • Ⅰ-구먼 ・ Ⅰ'-는구먼
  • Ⅰ-더구나 ・ Ⅰ-더구려 ・ Ⅰ-더구먼
올 게 왔구나.(来るべきものが来たか)と、なにも気張るほどのことではないが、どうせいつかはすることである。放っておくと管理者の爽やかさが炸裂するので、ここは一番、辛気くさく事を進め、未整理箱のほこりを払ってみることとする。
 あ、本日は第一弾としてⅠ-구나 をお届けします。ご笑覧されたし。


2009.01.01(木)
己丑  新年明けましておめでとうございます。
皆々様のご愛顧を賜りまして弊サイトも5年目に入りました。思い起こせば 2005年の一月……、特に何も無かったりするのも、まだたったの5年しか経ってないから、また、管理する人間がいないのをいいことに管理者が好き勝手に運営しているからでもありましょう。
本年も、いや、本年は旧に倍して精進つかまつりたく弊サイトをご覧いただいている皆様にお誓い申し上げます。なにとぞ宜しくご指導ご鞭撻を賜りますよう伏してお願い申し上げる次第です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 と、いうような内容を朝鮮語でしたためようと思ったのであるが、こんな堅苦しい朝鮮語は苦手なのである。そのかわりといってはアレながら、 使える朝鮮語 に 「 삼천포로 빠지다 (話が脱線する、事がおかしな方へ行く)」を追加してみた。正月早々から脇道にずれようというのではない。脇道も本道もあったものではないのが弊サイトの美点であり、玉に瑕だ。玉か、本当に。……おまけに5年じゃないですね。まだ丸4年ですね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 新年のご挨拶が上段でいきなり脇道にずれておりますが、改めて本年も宜しくお願い致します。

「初級までの朝鮮語・初級から先の朝鮮語」管理者 白宣基 敬白



初級から先の朝鮮語  初級までの朝鮮語・初級からの朝鮮語