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物件番号:003
「机と壁の間から転げ出てきたメモ」
物件番号:003
「机と壁の間から転げ出てきたメモ」
  • 採取日:
    2017年8月上旬
  • 採取場所:
    ソウル特別市広津区の建国大学キャンパス内にある寄宿舎の一室
아이로봇 手書きハングルの世界
大きさはB5より一回り小さい。ペラペラな手触り。

 オススメ物件です。管理者、力と気合いが入りました。頑張って解読しました。時間、かかりました。

オススメの根拠は以下です。

  1. 手書きである
  2. 字の丁寧さにムラがある
1は当欄の必須条件です。
2はどういうことかと言いますとね、思考のスピードと字の丁寧さには相関関係があることがわかるのが良いんですね。
頭が高速回転しつつ、その思考を書き留める。おのずと字も殴り書きに近くなろうというものです。筆圧高くきちんと書こうとしている部分は、自分の思考を自分自身に刻み込もうとしているのです。
この物件の字の丁寧さのムラから、筆者の思考の濃淡が見える気がします。

 そして
  1. 他人に見せるのが目的ではない
 この3がオススメのオススメたる所以です。
字を丁寧に書くのは自分の記憶に留め置くため。
速く殴り書くのは自分の思考のスピードを落とさないため。
2とも重複しますが、いずれにしても、他人の目を意識していない純粋さがこの物件から溢れ出ています。
鉛筆で記された文字の濃淡、文字の太さと細さ、すべて良い。

 他人の目を意識していないと思慮するのにはもう一つ根拠があります。
拾った場所と経緯です。

 韓国の大学の寄宿舎の一室。弊サイト管理者が優雅に読書していたとご想像ください。管理者、暇をもてあましてました。
穏やかな午後。静かな室内です。
ふと、机に向かって椅子に腰掛けて本を読んでいた管理者の耳に「カサ、コソ」という音が聞こえてきました。
え、ゴキブリだったらイヤだな。そう思って怯えた管理者は思わず椅子から立ち上がったのです。
(たまに出る部屋でした)

 コロッ。

クシャクシャッと手で丸められた、そう、まるでゴミ箱に投げ入れられんばかりの形状の本物件が、机と壁の間からコロッと転がり出てきたのです。

運命を感じ本物件を拾い上げた管理者は、手を震わせつつも、幾分ためらい気味に(変な物が包まれていたらイヤだなと思ったからです)、広げてみました。

これが、出会いでした。

この物件の筆者が何らかの理由でクシャクシャッと丸めた、この物件の筆者にとってのゴミとの。
管理者にとっての宝物との。

それがこの物件です。

さあ、では一緒に味わってみましょう。

아이로봇
  • < 아이로봇 > ─ 인공지능
  • < アイ, ロボット > ─ 人工知能
 まず管理者の目に入ったのは 로봇 という文字です。ロボット。
ロボットかあ。なるほど、それで 인공지능 [ 人工知能 ] なんだなあ。最初に思ったのはそれだけです。バカですね。何も考えていないに等しい。だってゴミですもん。
아이 って何だ? アイ。 eye? 아이(こども)じゃないよなあ。子供みたいな小さなロボット? なわけないか...。
まさか、iRobot ? ルンバ? いやいや、そんな。

ロボット ─ 合理性
  • 로봇 ─ 합리성 ロボット ─ 合理性
  • 인간 ─ 비합리성 人間 ─ 非合理性
 ロボットは合理性、人間は非合理性。うんまあ、そういう言い方をするんなら出来るだろうさ。合理と言うより、論理的に矛盾があるかないかがロボットと人間の違いと言えるかもしれないし。

 ここでは 인간 [ 人間 ] がジャストフィットなんでしょうね。사람(ひと)と書くとなんだかピンと来ないんだろうと思います。人間工学とは言っても、ヒト工学とは言わないが如し、でしょう。

 右と下を線で区切ってあるのも良い味わいです。隣接するパートと区別したかったのかな? 紛らわしくならないように区切り線を入れたりするのはメモの常套手段ですね。

ロボット3原則
  • 로봇 3원칙
    1. 다치게 해선 ×, 방관 ×
    2. 1에 위배되지 않는 한
      인간의 명령에 복종해야
    3. 1, 2에 위배되지 않는 한
      로봇은 스스로를 보호해야

  • ロボット3原則
    1. 怪我をさせては×、傍観×
    2. 1に背かない限り
      人間の命令に服従せねば
    3. 1, 2に背かない限り
      ロボットはみずからを保護せねば
 これは有名なやつです。アイザック・アシモフ 아이작 아시모프 のロボット3原則ですね。
念のためウィキペディアさんのお世話になっておきましょう。
    【ロボット工学三原則】出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
  1. ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
  2. ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
  3. ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
  4. — 2058年の「ロボット工学ハンドブック」第56版、『われはロボット』より
    アイザック・アシモフ『われはロボット』小尾芙佐訳、早川書房〈ハヤカワ文庫〉、1983年1月(原著1963年6月)、5頁。ISBN 978-4150105358。
    【로봇공학의 삼원칙】위키백과, 우리 모두의 백과사전.
  1. 로봇은 인간에 해를 가하거나, 혹은 행동을 하지 않음으로써 인간에게 해가 가도록 해서는 안 된다.
  2. 로봇은 인간이 내리는 명령들에 복종해야만 하며, 단 이러한 명령들이 첫 번째 법칙에 위배될 때에는 예외로 한다.
  3. 로봇은 자신의 존재를 보호해야만 하며, 단 그러한 보호가 첫 번째와 두 번째 법칙에 위배될 때에는 예외로 한다.
 物件の筆者が何を参考にしたかはもちろん不明ですが、メモらしく要点となる文言のみを記しているのがわかります。
위배 や、第2条の 명령 、복종해야 、第3条の 보호해야 あたりは、偶然でしょうが文言がウィキペディアと一致しています。

 管理者、じつはこの第1条部分の解読で一時間くらい頭を抱えました。思考の袋小路に入っちゃったんですね。字が汚くて読めないんだよ、もう(逆ギレ、もちろん褒め言葉)。


第1条部分

방관 は[ 傍観 ] だなとすぐにわかりましたが、最初、다치게 は 다지끼 にしか見えず、해선 は 해신 にしか見えませんでした。
もちろんね、다지끼 でも 해신 でもないのはわかってるんです。そもそも 다지끼 なんて言葉は無いんですよ。해신 [ 海神 ] なわけもないし。でも、じゃあ何て書いてやがるのかがわからない。
管理者は小学校時代からのSFファンです。最初に読んだ絵の無い本は眉村卓と筒井康隆ですよ(その後は小松左京、星新一と芋づる式に続き、後には何でも読むようになりました。ついでに山口瞳も小学生のくせに「男性自身」「酒呑みの自己弁護」なんかを読んでました)。アシモフの三原則なんておなじみ中のおなじみなのですが、それでもわからない。

ああでもないこうでもないと考えていて、「ああ! 다치다(怪我する)に使役の  Ⅰ -게 하다 かあ! 하다 が 해서 になって、これに  ついて、縮まったかあ」と気づいたのは、頭を抱えるのに嫌気が差してトイレに立とうとした瞬間です。다치게 해선 じゃんか、と脳裏に文字が浮かびました。ふわんとした感覚でした。

やっぱりね、考えた挙げ句に舞い降りて来てくれるのがインスピレーションです。この程度のインスピレーションだって、いや、だからこそ嬉しい。

비인간
  • 비인간:계산적, 합리적, 자본주의 ↑
  • 非人間:計算的、合理的、資本主義 ↑
 「非人間」とは人工知能、ロボットのことでしょうか。計算的、合理的。まあ、たしかに。

 さて、ここで出てきた「資本主義」がわかりません。ロボットだの人工知能だのの流れにある言葉とも思えなかったので、はじめは、何? 何の主義だって? と、一瞬悩みました。자본주의 という文字の走り書き、殴り書きっぷりは心に響くものがあります。

上向き矢印の意味もわかりません。「ロボット3原則」に向けた矢印のようですが、本物件の筆者の意図はどこにあったのでしょうか?

in 영화
  • in 영화, 스푸너 ( 윌 스미스 ) 와 써니를 통해
    로봇과 인간의 경계가 해체되었다.

  • in 映画、スプーナー(ウィル・スミス)とサニーを通して
    ロボットと人間の境界が解体された。
 「 in 영화 」。この「 in 」なんかもメモっぽくて良いですね。よくやりませんか? 「AまたはB」を「A or B」なんて書いたり。

 さて、ここでやっと管理者はこのゴミ、いや、宝物であるところのこのメモが映画を下敷きにして書かれたものだということに気づき始めます。ただし、映画をあまり見ない管理者は、この時点でまだ何の映画なのか、映画のタイトルは何かわかっていません。
手がかりはカッコ内の 윌 스미스 。ウィル・スミスという、さすがに管理者でも知っている有名な俳優さんの名前です。『ラッシュアワー』 の人ですよね。

 「ウィル・スミス、ロボット」で検索すると、映画『アイ, ロボット』(2004年、20世紀フォックス、ウィル・スミス主演)が引っかかってきました。

< 아이, 로봇 >
アイ, ロボット

ここからちょっと気楽になりました。そうかあ、映画かあ。
そういえばカッコの使い方、作品名は < > で囲むことが多いことを失念していました。迂闊だった。

스푸너部分
 でも、ここもけっこう悩みました。ネットで調べるのは最後の手段にして、やっぱり自分の脳みそで考えたい。考えたいのですが、固有名詞は知らなかったらいくら考えても無駄みたいなところってあります。스푸너 は最初は 스독어 にしか思えなくて、ちょっと途方に暮れました。調べたらあっという間に判明しましたが。
そもそも「スプーナー」なんて西洋の人名は管理者の脳内ストックにはありませんでした。こういう場合は考えても無駄なのです。 스독어 にしか見えない文字から予備知識無しに「スプーナー」にたどり着くのは至難です。

スプーナー刑事の相方として登場するロボットの名前が Sonny 。日本公開時には「サニー」と訳されています。韓国語版では 서니 なのですが、この物件の筆者は 써니 と濃音で記していますね。

써니部分
 隙あらば濃音で発音して、書く。これは韓国語全体に被さっているバイアスみたいなものだと昔の授業で教わったような記憶があります。ㄱ、ㄷ、ㅂ、ㅅ、ㅈ は、ほうっておくとすぐに ㄲ、ㄸ、ㅃ、ㅆ、ㅉ になりたがっちゃうという韓国語の癖みたいなものです。
本棚を探ったら、長璋吉先生のエッセイに好例がありました。韓国人の英語の発音をからかって、これまで英語の発音が下手くそだとバカにされていた意趣返しをするというエピソード。韓国人の英語は、dog が science が 싸이엔쓰 になっちゃいがちだというくだり。(『私の朝鮮語小辞典』内の「かくてまた一日は暮れぬ」篇
この 서니 → 써니 もそういうことなんでしょう。本物件の筆者はやはり韓国語母語話者である可能性が高いと思われます。

人工知能:もうすこし精巧になった資本主義の搾取のシステム
  • 인공지능:좀 더 정교해진 자본주의 착취 시스템

  • 人工知能:もうすこし精巧になった資本主義の搾取のシステム
 文字は比較的読みやすく書かれています。読みやすいのですが、言っていることがわからない。搾取システム? 人工知能、AI が人間から何かを搾取する資本主義体制ということでしょうか。それとも、人工知能を使うことで、資本家が人民から搾取するやりかたがもっと巧妙になるということでしょうか。うーん、難解。と言うか不明。
下向き矢印で思考の流れを整理しています。さて、どういうまとめになるものやら。

なので、夢見るべき価値
  • 그래서 꿈꿔야 할 가치:
    • 반자본주의 시스템
    • 인간존엄의 실현
    • 새로운 대안세계에 대한 관심

  • なので、夢見るべき価値:
    • 反資本主義のシステム
    • 人間の尊厳の実現
    • 新しい代案世界への関心
 ここまで我慢してきましたが、本物件の筆者が書くハングルの  の字は読みにくいです。로봇 、자본주의 の 보 。もうちょっと運筆に気を遣ってほしかった。あ、これ本人のための本人によるメモだよ。文句言ってもしかたないか。

 この物件の筆者にとって人工知能は善なのか悪なのか。少なくとも可能性なり希望なりを抱いているような文言です。
今の資本主義に代わる何らかのシステムを構築するための鍵として人工知能をとらえているように管理者には思われます。人工知能を使うことによって現行の資本主義に取って代わる社会システムの実現が可能だということでしょうか。

 人間の尊厳の実現? 人工知能と言うとアンチヒューマニズムとペアで語られることも多いのですが、本物件の筆者はそうではないようです。人工知能を適切に使うことによってこそ人間の尊厳が実現されるのだ。そういう未来を夢見るべきだ。という論考なのではないでしょうか。

代案世界
 さて、「代案世界」という言葉がでてきました。「反資本主義のシステム」と関連した概念だと思います。
「 대안 [ 代案 ] 」は「オルタナティブ alternative 」の訳語として使われることが多いようです。既存の学校に対しての「フリースクール(オルタナティブスクール)」は、韓国で「 대안학교 [ 代案学校 ] 」と呼ばれています。
新しい価値観による成長の軸を「代案、代替、オルタナティブ」という語で表すのが流行っていますから、この物件もその流れの中にあるのでしょうか。

 映画『アイ, ロボット』からの着想を黄色い安物の紙切れに記して、クシャッと丸めて捨てた本物件の筆者。
捨てられた本物件を拾って、少なからぬ、おそらくは本物件の筆者が本物件に費やしたであろう時間より何倍も長い時間を費やした弊サイトの管理者。
もし、人間に尊厳があって、その尊厳が実現されることがあるとするならば、本稿をこうして書き終わろうとしている管理者の尊厳が今まさに実現されようとしています。無駄を楽しむ尊厳。
そして、無駄に付き合ってくださった本稿の読者の尊厳も。 ...無駄って言っちゃった。


本稿を書く過程において、すっかりセルフでネタバレしてしまいましたが、管理者はこれから映画『アイ, ロボット』を Hulu で観てみることにします。

では、尊厳に満ちた別の物件でお会いしましょう。

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